December 31, 2004

                  過ぎ行く一年を思う


2004年も残すところあと数時間となった。今年は我が家でゆっくり過ごして静かに一年を振り返り、除夜の鐘に耳を澄まそうと思う。何ともこの一年はある意味せわしなかったのだが、自分の中にどんな進歩や収穫があっただろうかとふと心の奥底を内省してみる。窓を開けると、静かに冴えわたった空気が肌を突き刺し、深く包み込む。そうして目をつむると、色々なことが蘇ってくる。

今年は本当に旅行運に恵まれた年だった。実は今までの人生でなかったというくらい、今年は各国へととび、新しい発見と感動を、まったく無事に、得ることができた。こんな運を享受できたことに、今年は何より感謝したい気持ちでいっぱいだ。歩いて見聞して来た事は、何にも変えがたい貴重な経験であったし、旅先で出会った人、物、すべて深く心に刻まれている。そして、今年最後には、韓国へ一人旅をしてくることができた。

この旅は、自分の中ではなかなかエキサイティングなもので、これまた経験と、出会いと、思い出と、沢山の貴重な宝物を得て帰ってくることができた旅だった。ソウルは、札幌から直行便があるので、是非またすぐに行きたいなと思う。今後、ほぼ同じ値段のチケット代で東京へ行くなら、俄然ソウルへ行くことを選択するだろう。ソウルは買い物にも美容にもグルメにも事欠かなく、女性にとって本当に楽しい街だと思った。これについてはまた改めて書きたいと思う。

加えて、今年は本当に天災が多い年だった。というより、この傾向は今後続いてゆくかのような気配すらしている。天災を前に、人間はなす術がないのだろうか。被災された地域の方々のことを思うと、本当にいたたまれないし、出来る限りのことをしたいと心から願うばかりである。ふと思うのだが、皆さんは海外へ行ったときは、やはり日本にいる時のような感覚で過ごしたりはしないだろうと思う。不意のことにも対応できるような危機管理能力が求められているのだろうか。予想だにしなかったような事件や事故の数々は、平和過ぎるほどの平和に慣れきってしまったこの国に、喝を入れられているかのようである。何かが起こり、常に危険というものは起こりうるのだという感覚が重要なのだろう。海外へ行くと私はいつも、日本ほど安全な国はなく、便利で住みやすいで住みやすいところはないなと実感するのだが、どんなに旅慣れても、海外では常に警戒を解くことはできないし、持ち物にすら常に注意を払っていなければならない。いざというとき自分を守れるのは自分だけという状況になる。自己責任ということだろうか。ともかく、今後、こういった感覚はより重要になってゆくのだと思われる。

それにしても今年は、夏に思い立ってホームページを開設したことで、少なからずここで交流が広げられたことは私にとってとても嬉しいことだった。私めの、こんな拙文を読んで、何かしら人を楽しませることができたならこの上ない幸いであるし、見ていただいていている事に、本当に感謝の意に堪えない。人生にはときに色々なアップダウンがあるものだが、そのようなどんな時をも私も過ごしているし、皆さんもそうだと思う。そんな時をも人と共有することで、少なからずパワーを貰えることがあると思うのだが、私がそうなれたらいいなと思うし、皆さんにもいろんなパワーをもらって、いろんな時を楽しみたいなと思う。何よりどんなことにでも敏感にアンテナを張り巡らして、見つけたものを皆さんに伝えてゆきたいなと思っている。

何ともこの一年の出来事があまりにも多すぎてまとまらないのだが、そろそろテレビなどを見て、年越しまで過ごそうかなと思う。心の中の雑多なことも、除夜の鐘をすべて聴き終えるころにはすべて浄化されているだろうか。それでは皆さんも良いお年を過ごされますよう。また来年お会いしましょう。



                            


                                           December 19, 2004
                レッツクリーンアップ


年も押し迫る今日この頃だが、皆さんいかがお過ごしだろうか。私は年内に今年たまった垢や要らないものを整理しようと、じわじわ大掃除を始めている。先日テレビで細木数子が、幸せになるために、年内にしておかなければならないことの一つとして大掃除をあげていた。やはりこの時期、新年に向けて心機一転、不要なものを処分して身軽になっておくことは意味があることなのだろう。

ちなみにクリーンアップとは掃除という意味なのだが、私はPCの掃除も定期的に行っている。ディスククリーンアップとデフラグメントというものである。これは以前ITに詳しい友達が、PCを長持ちさせるためには一週間に一度はしたほうがいいよと教えてくれて、以来ずっと実行している。詳しいことは分からないが、ざっくり不要なデータが消去され、それをデフラグメント(最適化)するのは見ていて気持ちがいいものである。何だかPCの解析が遅くなったという方は、ぜひしてみて欲しい。プログラム>アクセサリ>システムツールのなかに両方ある。ディスククリーンアップをクリックすると、勝手に必要のないファイルなどを計算してくれ、それをクリーンアップ!でクリックひとつでキレイさっぱり消し去ってくれるのだ。そしてデフラグメントは、そうやってできた隙間をキレイに並べ替えて埋めてくれるのである。ちなみにこれはウィンドウズの話である。大体マックを使う人にPC初心者はあまりいないと思うのでそちらの説明は要らないと思う。私、マックはお手上げである。

それにしてもそんなPCのように、選択&削除!とまああっさりぽっきり人生生きられたら、悩みがなさそうだなぁとこの機械を眺めて思ってしまう。自分の中の不要なファイルを解析させたら、一体どういうことが候補になってくるのだろう。何とも興味深い。膨大すぎて、解析にかなり時間を要しそうである。しかしやはり、記憶や気持ちが残ることが、学びや経験にもなるのだろうか。

メールなど、とって置こうか削除しようか・・・迷ったところで削除!してしまうと、何だかそれまでのモヤモヤした心情が消え去ってしまうから不思議である。と言いつつ、実際、まだごみ箱にファイルとして残してしまう心理もあったりする。しかし、いつか気持ちが晴れたら戻しちゃおうかしら・・・と思っている内に、そのファイルのことを忘れたまま「ごみ箱を空にする」をクリックして全消去してしまったりする。まあそれはそれだったのだろう。デジタルな世界は一かゼロかの世界だからある意味怖い。さらに、間違って消去してしまったときのことを考えたらもっと怖い。問答無用、人情なしの冷徹極まりない代物である。

身の回りのものを整理し始めると、何とも要らないものが出るわ出るわの大放出である。「うーん、これはとって置くかな」と思ったものを、えいっとゴミ袋へ放ってしまうやいなや、一気に大して必要なかったものをどんどんと処分できるから不思議である。人間思い切りが重要である。同情は禁物である。それに未練を持つと、処分できないのである。やはり不要なものを背負って生きるなんて、分が悪いだろう。どんどん身動きが取れなくなって、人生損をしてしまうかもしれない。だからエイッと処分処分。少々辛いけれど、前を見て歩かなければ。それは物に限らず、何においてもあてはまるのかもしれない。

ふと思ったのだが、人生はやっぱり身軽がいいのかもしれない。いろんな物を身近においておきたい気持ちはあるけれど、最終的にお墓に持っていけるものなんてないのだから。それは極端な話かもしれないけれど、いろんな過去の遺物を捨てることは、やっぱり人生必要なことなのだと思う。執着心は得てしてよろしくない。過ぎ去った過去は過去に置いておき、前を見ることがやはり重要なのだろう。

それにしても、もらったものや、写真などというものは処分に困ってしまう。そういうものを処分するなんて、自分はなんて心がないのだろう、なんて自分を咎めてしまったりする。それでも、忘れてしまいたい過去の、そんなものたちはやっぱり捨てるに限るだろうか。人間も時にはコンピュータのように、さっぱりしないといけないときがあるだろう。しかし、何においてもクリーンアップしてしまった後の何ともすがすがしいこと!いやあ、クリーンアップとは何とも哲学的な行為だよなぁとふと思ってしまった次第である。



                           


                                           December 15, 2004
             韓流の忘れえぬ人


今年一年を振り返って、本当に今年は韓国文化流入の激しい一年だったなぁと思う。2年前のワールドカップのときも少なからず韓国ブームはあったけれど、今年のそれはすっかりこちらに浸透してしまった。とはいっても、それは芸能やポップカルチャーという分野に集約されたものであるという感は否めないが。私もそれまであまりあちらのドラマなどを見たことがなかったので、『冬のソナタ』などを見て改めて韓国人の気質というか国民性をうかがい知った気がして興味深かった。20話もあるものを、どんどん引き込まれて見終えてしまった。

今では女同士の会話で、「韓国俳優、どの人好き?」なんていうセリフも出てしまうほど、韓国カルチャーはマストなトピックである気がする。一昔前なら韓国俳優といえばハン・ソッキュやキム・ユンジンくらいしか知らなかったものを、テレビや雑誌もメジャーどころにとどまらずどんどん紹介するので気づけば何だかチェックしてしまう自分にも驚く。チェ・ジウをはじめ、自分と世代が似た俳優の方々には特に興味がわいてしまう。だって確かに何だかストレートで美しくて、雰囲気がいいんだもの!

さてはて、韓国人といえば思い出す人がいる。中学のとき一年間だけクラスを共にしたパクくんという男の子のことである。もちろん彼は今私と同じ歳の素敵な男性になっているのだろうが、私の中で彼はそのときの記憶しかないので男の子である。何が忘れられないかって、彼は本当に好青年だったのである。日本語がたどたどしい位だったので、あまり口数が多くはなかったのだが、そんな寡黙な彼は、スポーツは素晴らしいわ、絵が上手いわと、何かと目立つ人なのだった。すっきりした目鼻立ちに、長身で、花美男(コッミナム)という言葉がぴったりのハンサムボーイだった。

当時、クラスの三分の二以上の女の子たちが彼に夢中だったのを覚えている。私も彼はとってもカッコイイと思ってはいたが、好みではなかった。いぶし銀好みの私は、他クラスにお気に入りの男の子が居たのである。みんながいいという人には何だか魅力を感じない気質は当時からである。それにしてもパクくんの人気は当時、まるで今テレビで見るような熱狂と似ていた。一体あの引力はなんなのだろう。何がそんなに夢中にさせるのだろう。すごく素敵なのは分かる。だが私は、今も当時もそれがはっきり分からなかった。

そんな中、一年度も終わろうというとき、パクくん転校!のニュースがクラスを駆け巡った。あら大変!これは思いを伝えねば!の乙女たちの想いが高まる中、それに賛同した私は、クラスのパクくん好きの女の子グループに頼まれ、パクくんに電話をしたのだった。もう時効ということでパクくんには許していただきたいが、そのときパクくんに大事なことを聞かなければいけなかったのである。「パクくん、クラスで好きな人いる?」

賢明なパクくんの応えはこうだった。「誰という人はいない。みんなが好き。」確かそういう答えだった。しかし、そんなあたりさわりない返答では困るわと、メッセンジャー役を買って出た私は芸能リポーターの梨本さんばりに更に問い詰めたのだった。しかし、「気になるくらいの子は沢山居たけれど、誰という人はいない」と、問い詰めてもそう応えたのだった。たった一年を共に過ごしただけだったし、それは本当だったのかもしれない。けれどそれはまるでぺ・ヨンジュンがファンを「家族」などというような博愛心理でみんなを大事にしようと、もっともらしく、一方で「うまくかわすな〜」と感心させるようなそんな姿勢と似ていた。そもそもが、そんな怪しげな電話の相手に心の奥底を打ち明けるほど彼もバカではなかったのかもしれない。しかし、そんな彼の返答に、乙女一同落胆と気抜けをしたのだったが、同時に、誰も傷つくこともなかったのであった。

それは何とも可愛らしい思い出なのだが、その彼は今どこで何をしているのかな、と思う。一年を通じて、結構な努力をして日本語も上達した彼に、当時帰国子女だった私は少なからず同士みたいな友情を感じていた。彼はその後、領事館の父の仕事とかで遠くはブラジルへと行ってしまったので、その後全く知る由もない。が、きっと素敵な韓流モムチャンになっているに違いない。今更ながら、オバサン心に一目見てみたいわなんて思ってしまう。ぜひともブームに乗って日本においで!と、韓流スターの空港での来日風景を見てふと思ったのだった。


                           


                                           December 09, 2004
 
                 音楽とコンピュータの恩恵


私は音楽を聞くのが大好きである。なんでも聞いてみて、ピンと来たものはかなりディープに入り込んで聞きまくってしまう性分である。ジャンルや国籍は問わない。きっと母のお腹にいるころから音楽には慣れ親しんで聞いてきたのだろう。どちらかといえば静寂は好きではない。なんだか音楽があると単調なことでも楽しんでできるから不思議である。これを書いている現在もある音楽が流れていることは言わずもがな、部屋ではいつも何かしら流れている。聴覚刺激を常に求めている私である。

思えば私は中学生のとき、学校の音楽の授業で、世界中の民族音楽を聴いてのレポートを書くという授業があった。多国籍な音楽に非常に感銘を受け、まるで旅行気分を味わえるような音楽を通じた異文化体験の感動について、ただ強く感動したことを情熱的に書き綴った記憶がある。そしてその感想文レポートがなにやら先生の目に留まり、先生に「音楽感想作文のコンクールがあるのだがそれに出品してみないか?」と誘われたことがある。そんなに労もなくただ感じたまま書いたものを評価してもらえるなんてラッキーと思うくらいだったので、二つ返事で了解をした。

出品条件が原稿用紙20枚などという途方もないレベルだったので、ほとんど枠組みや流れなどを仲良しだった国語の先生に見てもらい、助けを借りて何日も費やし何とか完成させた作品だった。そのコンクールの参加賞というのが割といいイヤホンだったので、それが貰えるだけでラッキーだなぁと思っていたのだが、ある日先生に呼ばれてみた結果にびっくりしてしまった。なんと優秀賞だったのである。全国の中から2位に選ばれたのだから、寝耳に水だった。もっとも今思い出しても、作文はほとんど国語の先生のお陰だったし、この斬新なテーマを与えてくれたのも音楽の先生に他ならなかった。なので私は本当にラッキーだったと思う。もっとびっくりだったのが、旅費を頂いて東京の表彰式に参加することになった上、副賞を学校と私個人に巨大液晶テレビやらレーザーディスクプレーヤーやらと、今思うと何ともバブリーな品々を頂いたのだった。表彰式では、最優秀賞をだった子が、その何十枚に及ぶであろう原稿をしかと暗唱していた場面を見て、間違っても1番じゃなくてよかったとほっとしてしまった。ともあれそんな体験は、なんだかいまだに不思議な面白い体験として記憶に残っている。

そんなわけで音楽を聴くことにますます幸せを感じた私は以後も、年代、ジャンル、国籍問わず幅広く聞いているのであった。それにしても、最近そんな私の中でとっても革命的なことが起こってしまった。前から気になっていたiPodを購入したのである。近頃何かにつけて、懸賞などでiPodプレゼント!などという広告を見たりして、かなりにその存在は気になっていた。そして今回、初めて使ってみたのだが、何とも素晴らしい感動である。大体ハードディスクを持ち歩いているなんていうことが私にはショッキングである。CDを何百枚も持ち歩いているようなものなのだから。遅ればせながら、つくづく世の進化を実感してしまった。しかもマックはいまだに私の知識の圏外のものなのだが、初めてアップルの関連商品を手にしてみて、シンプルなのだけれどなんだかとってもカッコイイじゃない!と思った。梱包ケースからしてびっくりした。デザイン凝っているねぇと感心せずにはいられない。説明書の日本語は、とっても直訳的なのだが、その原文にあるだろうウィッティな表現がうかがい知れるほどである。

そんなわけで、現在iTunesとiPodを活用しているが、ますます私のPCは私色に染まっている真っ最中である。私の突飛で大好きな音楽がライブラリにどんどん蓄積されつつある。持て余したCDはどうしよう?それまでも好きな音楽CDを編集したりして、散歩時の楽しみなどにしていた私だが、これからはiPodでもっと楽しいものになるのかもしれない。音楽は素晴らしい、そしてコンピューターの進化も!そんなことを思いながらルンルンで過ごす近頃の私である。



                           


                                          December 04, 2004
               リアリティテレビ

日々の冷え込みもかなり厳しくなり、いよいよ冬本番かといった今日この頃である。そんな日は家にこもってテレビでも見て我慢しようかね、なんて思えどなんだか面白い番組もない。大体普段あまりテレビを見ないから、流れについていけてないのだ。ドラマの途中話を見ても、もちろん楽しめるはずはない。続きものには弱い今日この頃、寂しい限りである。歳なのだろうか。

シドニーにいるときは、何でも新鮮で珍しく、全身を皿のようにして情報を受けいれていた私であった。テレビをだらだら見ていても、それはそれで面白かった。私は旅行に行くと、必ずホテルでニュース番組をチェックしたりMTVをつけっぱなしにしたりするのだが、部屋でもどっぷりその土地の雰囲気に浸れて楽しいと思う。中国で見たMTVなどは、アジアの流行歌がひっきりなしに流れ、なんとも興味深かったものだ。

アメリカでは今、リアリティ番組が全盛だというが、その影響を受けてかオーストラリアでもその手の輸入番組が人気だった。リアリティ番組とは、日本で言うと『あいのり』のようなもので、一般人や有名人にいろいろなことをさせ、その模様を毎週放送するような筋書きのない番組のことである。確かに見る側にとってはこういう番組はやらせっぽくもあるけれど、時になんだか親近感がわいて、ある意味予想のつかないリアリティを楽しめるものだ。

そんなリアリティ全盛の中で面白かったものの一つが、『Queer Eye for the Straight Guy』だった。これは毎週各界のエキスパートであるゲイの5人組が、ストレートの男性を素敵に改造してそのパートナーや家族を驚かせるという趣旨の番組である。お昼のワイドショーにある『亭主改造計画』と近いものがあるかもしれない。このゲイの5人(Fab Fiveという!)がそれぞれの専門分野で毎回ストレートのゲスト男性を大改造するのだが、その過程が何とも面白い。ファッション、ヘアスタイル、インテリア、料理、振る舞いなど改造し教育した後、そのゲストがパートナーや家族をもてなし迎える準備をさせる。まるでピーコとおすぎのように、ペラペラああだこうだと鋭い指摘をする姿が面白い。ゲスト男性は大体たじろきつつも、アドバイスに感心していたりする。そんなこんなで、とりあえずもゲスト男性は見違えるような変身を遂げるのだった。そして番組後半は、それぞれが手を加えた様子を見ながら、5人でああでもないこうでもないと批評しつつおしゃべりしてそのVTRを見るのだが、その様子がまた面白い。発言が可愛らしくもあり、鋭くもあり、絶妙なユーモアだった。そして、ゲストの方の変身ぶりと、その周りの人々の驚きの反応を見ると、なかなかのリアリティがあって笑ってしまう。

それにしてもゲイの方は、男性でありながら、女性の繊細さも持ち合わせているのだろうか。何て広い世界を知っているのかしら?と感心してしまう。私にとってある意味とても興味深い方たちである。女性が社会に進出して男性に負けず劣らず出世してゆき、男性と女性の役割分担の線引きがあいまいになりつつある昨今である。しかしそんな中で彼らの存在は、改めて女性に女性のあるべき立場みたいなものを示しているような気がしてならない。それに彼らは男性を良く知っている分、女性にとって手ごわいライバルでもあるのかもしれない。見習うべきこともとても多かったりするのだ。あちらにいる友達は、「ゲイの友達が〜」と言う具合にとても普通のことのように話すので、恐らく彼らは何の問題もなく公然とすごしているのだろう。あちらで街を歩いていて、明らかな女装の出で立ちの方も沢山見た。しかし地元でそういう方にはなかなかお目にかかれない。協調が重んじられる日本である、仕方がないことなのだろうか。あちらでかなり世界観が広がった私である。

ところで、とても面白くてついついチェックしてしまうブログがあるので、よければそちらも見て欲しい。なんだかやっぱりゲイの方は、違う意味で気になってしまう私である。

そんなわけで他にも興味深いリアリティ番組がいくつかあったのだが、いくつかは日本の衛星放送等でも放送されているようだ。海外のこういった番組を見ると、思わぬ発見があり世界も広がること請け合いなので、ぜひチェックしてみてはどうだろう。



                            


                                          November 27, 2004
 
           グルメな思い出 in Sydney

オーストラリアの名物料理といえば、オージビーフの豪快なステーキだとか、羊料理だとかはたまたイギリスの伝統的料理のようなものを浮かべるだろうか。実際オーストラリア料理とはどういうものなのだろう。その定義は私も良く知らない。しかし少なくとも、オーストラリアでの食の楽しみといえば多国籍な料理を楽しめることにあると思う。あれだけ世界各国の人々が集まって独自にコミュニティを作っている大都市シドニーである。本場の方々が腕を振るった本場の料理を、現地に行かずにいとも手軽に味わえるというから楽しいものだ。しかも食材が安いのだろう、シドニーのような都会でさえ食事に関してはかなりリーズナブルに楽しめるのである。あちらに行って、日本料理が恋しくなる暇なんてないほど、私の食の好奇心は刺激されるばかりなのであった。

写真で手に持っているのは飲茶時に特別気に入ったエッグタルトと黄粉餅である。タルトは何だか懐かしい素朴な味わいなのだが、見たままの素直でストレートに美味しい中華料理では定番のデザートである。黄粉餅は、中に絶妙な甘さのゴマペーストが入っている。私は和菓子の甘さがやや苦手なのだが、このあっさりすっきりの甘さは何とも美味しくて気に入った。日本のゴマだんごのゴマよりもう少し味付けされた、スイーツという感じの味わいのお団子なのである。皆さんも飲茶をする際はぜひオーダーしてみてほしい。飲茶は、まだまだ試したことがないメニューが盛りだくさんなほどいろんなメニューがあるので、まだまだ開拓中の私である。

シドニーのデパートやショッピングモールの地下など街のいたるところにフードコートがあるのだが、どこに入ってもバラエティ豊かな店の数々に驚かされる。マクドナルドやケンタッキーなどのおなじみファストフードをはじめ、インドカリー、香港中華、イタリアン、レバニーズ、フレンチ、マレーシアン、etc色とりどりの店舗に迷いがちになってしまう。そんな中、私が日本であまり見ないながら、とても美味しくて気に入った料理が左の写真のラクサである。もともとマレーシアの料理らしい。こってりあっさりなココナッツ風味のスープにちょっと太めの卵麺とビーフン麺が入っているのである。何といっても、白湯麺やタイのグリーンカレーのような深みのあるスープがシーフードなどの具材とぴったり合っていて美味しいのだ。札幌の、名物こってり味噌ラーメンに負けずと劣らずな濃厚な味わいである。フードコートも結構美味しかったが、専門レストランはより洗練された美味しさでかなりにおススメである。

こちらは、ロックスにあるPANCAKEというお店である。シドニーに行ったら是非行ってみてほしい。GALLERYで紹介したことがあるのだが、ここは何度行っても飽きない美味しさなのだ。こんなにここを推す私は、何だか回し者のようである。ここでは、ふんだんに甘ーいパンケークをとくと試せるのである。パンケークのみならず、オーストラリア料理風のステーキなどもこちらで頂くことができる。どれもとてもボリュームがオージーサイズで、ミルクシェークなどをオーダーした日には、どれだけカロリー摂取しているのか恐ろしいほどである。それでもそんな豪快な料理に舌鼓を打ち、ロックスのクラシカルな雰囲気に身をゆだねれば、シドニーを十分満喫できたと思えるに違いない。おススメである。

あとは、ダーリングハーバーにある『リトル・スネイル』というレストランはちょっとクラッシーだが、とても美味しくて雰囲気も良かった。ダーリングハーバーは、数多くのおしゃれなレストランが軒を連ねるのだが、その料理もさることながら、そこから望める景色が最高に素晴らしくロマンティックでスイートで二度美味しい。あの辺りは,、歩くだけでも本当にシドニーでの幸せな時間をかみしめられる素敵な場所であるので、是非夜は散歩に出かけてみてほしい。

下に書いたニュータウンにはタイレストランが沢山あって有名なのだが、そちらで食べたタイ料理もとても美味しかった。タイ料理は大体どこで食べてもはずれがないような気がする。が、通的にはトムヤムクンにその微妙な差が出るように思われる。内装が凝っていて、店員の雰囲気がいいところを探して入ってみるといいと思う。タイ人のサービスは、繊細なホスピタリティあって、日本人から見て快いと思う。店員に「サワッディカー」と言ったら、アニメというか、デイヴィッド・ベッカムというか、そんな感じのとっても高い声の男性に、タイ語で普通に話され再びびっくりした。また間違えられたのだ、タイ人に。ここまで来たらタイ語を話せるようになりたい!と思ってしまった。そんなわけで食の楽しみを書いたが、人生まだまだ意欲的に美味しいものを探そうと思っているので、皆さんも情報提供願いたい。



                           

                                          November 22, 2004

                 スピリチュアルなニュータウン

シドニーでのとある一日の話を書こうと思う。その日はステイ先の友達のお母さん、お姉さん、その知人とともにダーリングハーバーにあるカジノ『スターシティ』でビュッフェランチへと出かけたのであった。ここはオーストラリア随一のカジノで、ホテルもある大きなエンタテインメント施設である。カジノなので、入り口でたまにIDチェックを受けたり年齢を確認されたりする。ミス・シドニー・チャイニーズに選ばれたことのある友達の美人なお姉さんと一緒にいたせいか、私たちはガードマンにIDチェックをされてしまった。なんとまあ二十歳以下に見えたのだろうか、はたまたキレイな女性には、しばし見ていたいからと声をかけるらしいという噂どおりだったのか。定かではないが、お母さんには「よかったね〜」と笑われてしまった。

このホテルのビュッフェランチは、オーストラリアならではの国際色豊かなメニューがいっぱいで、ギリシアからレバノンからインドからメキシコからと世界中を駆け巡るような料理の数々に目が眩むほどである。惜しみない料理の数々を、皆さんお皿にてんこ盛りにしてテーブルとビュッフェを行き来して目にも賑やかであった。私もいつものアジアンにとどまらず、エスニックな料理をとくと試したのだった。なんともまとまりがないのだが、どれも珍し美味しく、にかくお腹が一杯になって満足だった。皆さんも機会があれば、ここのビュッフェをお試しあれ。

その後、私は美人姉と一緒に所用をたしにジョージストリートに向かって歩いた。彼女は私より一歳下でちょっぴり気取ったところもあるのだが、とってもフランクでクールでポジティブで才色兼備な女性である。友達同様英語と広東語がネイティブの彼女は、現在ファッションの勉強をしにイタリアへ来年留学するためにイタリア語を勉強しているという。そしてそれまで、学校がひと段落したので、休み中に世界中を旅行しに行くのだ言う。何ともグローバルに好きなことや自分の才能を追求しに行く彼女を見ていたら、本当に頼もしいし素敵だわぁと感心するばかりであった。話をしていて何とも前向きで、同じ女性として甚く刺激を受けてしまうほどである。そんな彼女は最近、マンリー(シドニー北のノースヘッドにあるおしゃれなビーチ)でタロットの占いをしたという話をしてくれた。占い好きの私は無論抑えきれない程の興味心の目で、彼女の話を聞いたのであった。有名な占い師で、実際自身もかなりに当たっていたと思う、と彼女は言う。ほう、こちらにもそんな方がいらっしゃるのか。興味深い。「機会があったらぜひ私もしたいな」と、目をキラキラさせてしまった。

そんな話をしていた後、エージェントでの用を終えたところで彼女がニュータウンへ連れて行ってくれるというので、私たちはニュータウン行きのバスへと飛び乗った。ここはシティからバスでほんの10分ほどのところで、シドニー大学の学生街でもある。バスを降り立つと、ニュータウンという名前にそぐわないようなやたらに古めかしくエキゾティックな店やカフェが立ち並んでいるのが目に入った。きっと昔はニュータウンだったのだろう。パリのポンヌフ(新橋)と同じである、全然新しくないのだ。アジアの家具や骨董品、アロマなどの雑貨屋さん、そして原石やアクセサリーを扱う癒し系の店々。何ともスピリチュアルな香りがぷんぷん漂っているのであった。彼女の案内で、気ままにぶらぶら通り沿いの店を見てまわった。ストーンパワーやアロマなど、非科学的な癒しのお店を見てまわるのは何とも興味深かった。その中で一軒、タロット占いをしてくれるお店があり、お姉さんが「やってみれば?」と薦めてくれた。タイミングよく予約があいていたので、迷わず私は「します!」と即答したのだった。

西洋人に占ってもらうなんて初めてだわ・・・。占いの女性は至って普通の出で立ちの西洋人であった。店の奥のカーテンの向こうにある部屋で、静かにアロマキャンドルが灯された中、それは始まった。生年月日と名前を告げた後、カードを展開してゆく占い師の女性を思わず凝視してしまう。「特に聞きたいことはある?」の問いに私は「今後のキャリアのことと、あと恋愛や結婚のことなどを聞ければと思います」と乙女のような回答をしてしまった。「とりあえずどれだけ当たる人なのか分からないし・・・」内心思った。商売肌のイマイチな占い師は世の中五万といるのである。私のように占い経験に年季が入ってくると、こっちが占い師のように相手を見通してしまったりするので時にあまりの見当違いにがっかりすることもあるのだ。

彼女の言葉を一言も聞き逃すまいと、まるで語学試験のヒアリング時の心境で集中して耳を傾ける私であった。なんと!彼女は私のプライベートなことを色々言い当て、カードを読み取りつつ、時折斜め上の宙を見て、「スピリッツ(魂)がこう言っているわ」と私の周囲についてのことを見通すかのようなことを連続で言い当てたのである。知っている人にはわかるだろうが、江原啓之のようであった。畳み掛けるように、分かりやすくアドバイスをしてくれる彼女は何とも温かみがあって、包み込むようなヒーリング効果を同時に感じさせるほどだった。「霊感も入っているのかしら・・・すごいなぁ、見えるのねぇ。」何とも衝撃的であった。英語でいろんな風に言い当てられるというのも面白かったし、なにより言われたことが、私にとって好ましいことばかりでとても嬉しかった。占いを終えるころには、何だか心の垢がこそげ落ち、道を照らす灯りをもらったようなすっきりした気分と感動でじんわり胸が温かくなっているのを感じた。まさにスピリチュアルな体験であった。

その後私たちは仕事が終わった友達と合流し帰宅した。早速友達にその話をしたところ、「占いはあまり信じないな〜」と言われ「あらその手の人だったのね」とちょっとがっかりした私であった。世の中占いを完全否定する人はいるものである。確かに占いを信じるか否かは人の判断に委ねられているものである。しかしそんな人には、「いちアドバイスと捉えて、聞き流す程度でも聞いて損はないかもよ?」と押し売りする私である。理屈では説明がつかないことのほうが世の中多いのである。それに占いは客観的に自分を見るきっかけも与えてくれると思うのだ。何とも興味深い。そんなわけで、ニュータウンを訪れる機会があれば是非このスピリチュアルな空気を感じ、そして占いを試してみて頂きたい。



                            


                                            November 17, 2004

                          中華三昧

こちらに来て、今すっかり世界の縮図を見るような多国籍の空気になじんでしまっている。一人で散策し、エージェントを訪ねたり、大学を訪問したり、ネイルを施してもらったり、買い物をしたり…歩き回ってアンテナを張り巡らせて貪欲に情報収集をしている毎日である。敷かれたレールを進むのは楽だろうと思うが、敢えてレールのない道を歩むのは骨が折れるがとてもエキサイティングなものだと思う。一人で道を意の向くまま歩くのも、そんな刺激があるから楽しいものである。

滞在先の家族の影響で香港をはじめとする中華な空気に親近感を覚えるようになった私だが、今回もとても面白い経験をさせていただいている。ある日はチャイナタウンにある一軒の菜食レストランへと連れて行ってもらった。中国では円卓を囲み皆で料理を取り分けて食べるため、人数が多いほど多種類を試せることになる。よって、今回もいつものように知人や親戚等集まってディナーと相成ったのであった。それにしても動物好きの私には、菜食主義という発想はとてもよく理解ができるものである。以前ダイビングをしたときに初めて見た水中の世界で、大きな魚が目をくりくりさせて、こちらを警戒しつつも興味を示して寄ってくる愛らしい姿をみて、「いやーもう魚は食べられないわ」と甚く思ったものであった。知らなかった、魚にも心があるように思われたのだ。あながちニモの世界もありえない話ではないかもしれないのである。と言いつつ今もシーフード大好きな殺生な私であるが。

いやはや、菜食料理というのは、なんともトリッキーなのであった。無論、すべてが野菜でできているのである。しかし、肉や魚料理に見え、なおかつ味わえるように調理されているのであるから巧みである。何でできていたのかはよくわからなかったが、アワビの蒸し料理やカキの揚げ物など、見た目から想像する味わいに一瞬だまされたかのような味気なさにびっくりしたりする。でもカキなどは本物よりあっさりテイストなので、こちらのほうが好きという方もいるのではないかと思われた。うーむ、文字通り似せ物の料理で本物の味を味わおうとするとは何とも不思議な体験であった。しかし少なくとも、野菜のみをいただいているというのはダイエットにも効果がありそうであるし、何だか心がピースフルになる効果を感じられると思われた。

更に貴重なことに、今回偶然滞在先の家族の知り合いという人の結婚式に参加させていただいた。袖振り合うも多生の縁とはいうが、今回は実はまったく知らなく、お呼ばれした先で初めて会うという方の結婚式であった。しかし香港の方、オージーの方たち皆さんで華やかににぎやかにお祝いするムードがとても感動的であった。実はこちらで結婚式に参列したのは二度目であった。西洋風の結婚式では、 参加者が一緒に楽しみ参加できるダンスタイムがあるものだが、これは皆が楽しめるのでいいなと思う。ダンス好きな私はまたもや踊ってしまった。そしてブーケキャッチのときは、女性の皆さんが互いに恥らいつつ集まるのも何だか可愛らしかった。そして何より私には、出てくる中華のコース料理がゴージャスのオンパレードで、これまた感動的であった。しかし一つ、始めに出てきた豚を二等分にした丸焼きには閉口してしまった。中国ではお祝い事では必ず豚料理を食べると言うのだが、今回のものは丸々焼いておいて北京ダックのように皮だけを頂くのである。ほぁぁ、ちょっと痛々しかったなぁ。

何というか人間だよなぁと思う。生みおとされた土地によって国籍や言語が決まり、親によって人種が決まるということに過ぎないという当たり前のことを実感する。そんなこんなで私は何だかボーダーレスな文化の波の中で、ゆっくりゆったり揺られてそれを楽しみ過ごしている。帰国のときは迫りつつあるけれど、今回吸収できたことはかなり今後につなげられる気がして今からわくわくしている。


                               


                                             November 15, 2004

                      慣れるということ

こちらへ来て約一週間が経った。実は来た当初は久しぶりの多国籍な雰囲気に圧倒され、一人で電車に乗るのも気合が必要だったりしたのだが、一人でふらりとシドニーの中心街を歩いてみると実際何のことはない、と今までなじんでいた雰囲気がすぐに戻るのを実感するのだった。初めて訪れる場所・人・ものなどというのは少なからず人に緊張感を与え、ドキドキさせるものだと思う。しかし、そんな胸の高まりも必ず時間がたてばなじんで何の恐怖や刺激も感じなくなるようになる。いつまでもそんな緊張感を感じ続けるなんて、よっぽど心臓に悪く平穏ではないストレスに違いないと思う。しかしふと思ったのだが、恋愛もそういうものなのかも知れない。ドキドキする瞬間は興奮と刺激で恋を覚醒させるけれど、その期間を人間の脳はやはり長く続けようとはしないのである。しかし人間関係においては、その期間を過ぎた後でもより発展的な相互関係によって平和な愛へと変化させることができるのだろう。慣れの効果も様々だわ、などとなんちゃって心理学みたいなことを電車に揺られながら思ったりした。

さて私はその日、シティ(中心部)のタウンホールからバスを乗りついで、シドニー北にあるマクオリー大学へと向かったのであった。シドニーのハーバーブリッジを渡ると、入り組んだ湾沿いにとても美しい景色が広がってくる。映画『ニモ』を観た方は想像できるだろう、ニモを探してようやくたどり着いた時に見えてくるあのような景色である。向かった先では、前回来豪したときに街で偶然道を聞いて知り合いになったKさんに会う約束だった。構内を走るルートでバス停を危うく乗り過ごしそうになった私は、携帯コールで彼の助けを得てなんとか約束の場所へとたどり着けたのだった。約半年ぶりに会うKさんは、変わらず親切で、マメで、頭がキレる方であった。私はKさんの有益な話に一生懸命耳を傾けながら、構内を案内してもらったのだった。

図書館を見たり、カフェで休憩したり、講義をちょっとだけ聴講したり、ショッピングセンターを覗いたり・・・何だか久しぶりにアカデミックな空気を肌で感じながら、Kさんの的確で詳細な案内について色々周ったのであった。中心部からバスで40分程北へ走るとあるこの大学は、キャンパス内にワラビーやエミュの研究のための飼育施設があるような緑豊かな広々とした癒し系の雰囲気がいっぱいであった。構内にあるショッピングセンターは、郊外型巨大ショッピングモールで大学内で生活できるほどの店と品の豊富なものであった。3年前に語学留学をしたときは、閑静で緑豊かな近代的首都キャンベラのオーストラリア国立大学(ANU)に通ったのであったが、こちらもまた環境がよく自然豊かなキャンパスで素敵だなと思った。Kさんは、プロのアドバイザーのように、親切丁寧に私のキャリアプランについて、意義深いアドバイスをくれたのだった。自身はこの大学で会計学を学んでいて、卒業後はシドニーにある企業に就職する予定だという。先々見据えたプランニングをして、確実にそれを形にしてゆくKさんは、本当にすばらしい方だなとつくづく思った。思えば、シドニーで友達と待ち合わせをした図書館への行き方を聞いたときに偶然案内してもらい、さらに目指すものがどこか共通した彼に出会えたのは何だか不思議なめぐり合わせであった。そんなアドバイスを与えてくれる人にめぐり合わせられたなんて、運だけでは終わらせられないような幸せな出来事のようにも思えてくる。人間、求めて、動けばそれだけチャンスは広がり道は開けてくるものである。何だかそんなことを痛感し、Kさんにバス停まで見送ってもらった帰り、嬉しさと感動でほんのり涙がでてしまったくらいであった。

その帰りは自分の中に立ち込めていた霧がようやく晴れはじめ光明が差す様な、そんな満ち足りた気分でいっぱいだった。このほどよい興奮状態にはしばし慣れたくはないと思うような、貴重な精神の高揚を感じていた。その夕方、仕事が終わったステイ先の友達と『ブリジットジョーンズ/The Edge of Reason』を見に行った。こちらで映画を観るなんて久しぶりだったのだが、映画の面白さもさることながら、観客がいっせいに笑ったり、ノリノリで観ていたり、演出のような爆笑をするおばあさんがいたりとショーを楽しむかの雰囲気がとても新鮮だった。ブリジットに共感して、ため息をついたり、感嘆したり、悲嘆したりとそんな効果音はさらに映画を笑いに満ちた楽しいものにしてくれたような気がした。日本の映画館はたいてい静かで大画面を割とプライベートな空間のように入りこんで映画鑑賞をすることができるものだが、このイギリスの映画のようなラブコメディー風の場合は、やっぱり腹の底から笑って楽しむと気分もいいし面白いなぁとつくづく思ったのであった。映画自体も、本当に共感できて、『ラブアクチュアリー』のような元気をいっぱいもらえて、キャラクターが何ともいとおしくストーリーも傑作なので、ぜひおすすめしたい。何とも プラスのエネルギーを満タンに吸収して、モチベーションも高まった有意義な一日であった。


                              




                                            November 09, 2004

                     久々のシドニー滞在

私は現在シドニーに来ている。今回たまったマイレージでタイミングよくチケットが手に入ったことと、改めて来年目標に向けどうしようかと考えてみたかったこともあって、約7ヶ月ぶりにシドニー行きの便へ飛び乗ったのであった。アメリカのブッシュ再選や、その前のビンラディンのテロ予告など世の中依然騒がしい時分だったせいか、行きの飛行機はJALだったにもかかわらず日本人はほとんどいなく、しかもガラガラにすいていた。離陸後、すぐに乗客が空席へと移って皆横になれてしまうほど空席が目立った便で、一瞬時期尚早だったかしらと不安すらよぎるほどだったが、まぁ仕方がない。何事も思い悩んでは事が進まないではないか、と自分を奮い立たせてみるのだった。

今回もシドニーにいる大切な友達の実家に滞在させてもらえることになり、今のところとても快適な生活をさせてもらっている。これから夏が始まる!というウキウキムードでいっぱいのシドニーでは、同時にクリスマスのデコレーションが街のいたるところに施され始めている。この変わりやすいながらも陽気な初夏の気候の中で、惜しみないほどに華やかなクリスマスの装飾を見ていると、今一体何どきなのだ?と一瞬時間音痴みたいな、不思議な感覚にとらわれる。サンタさんがサーフィンに乗って現れるという南半球であるが、雪の降るクリスマスが常識の私にとって、この雰囲気に慣れてしまうなんてやっぱり抵抗があるものだ。

さてはて早朝、空港まで私を出迎えてくれた友達は、その日早速家族と一緒に飲茶へと連れて行ってくれた。久々の活気あるチャイナタウンを訪れたら、早速わくわくしてきた。広東語が常の香港飲茶の注文は、すべて彼らにお任せである。「何か食べたいものはない?」と聞かれ、私は「マンゴープリンだけ最後に食べられればいいです!」と言っておいた。こちらのマンゴープリン、本場香港で食べたものと同じくらい美味しい。しかし飲茶の数え切れないほどの点心メニューはどれも日本にないような変わった味で旨いのである。お茶を注いでもらうたびにテーブルを二度ノックする「ンコーイ」(どうも)をするのも、嬉しい懐かしさである。彼らと過ごす時間は本当に楽しく興味深い。

友達はもともと札幌の大学に1年間留学をしていたので、日本語も達者な上、英語と広東語がネイティブというマルチリンガルな人である。ほとんど英語で教育を受けたため、広東語は会話のみで読み書きはできないというのだが、十分である。多国籍のるつぼであるオーストラリアで彼らのような人は珍しくはなく、ヨーロッパ人のように4、5ヶ国語話すなんていう人もいるくらいなのだが、やはり私には何とも衝撃的である。「普段何語で考え事するの?」「どうやって言葉を即切り替えるの?」「一体頭の中どうなっているの?」そんな失礼でいて根本的なことをとても不思議に思ったものだ。私と日本語で会話したと思ったら、親と広東語で話し、姉と英語で話していたりする。そして香港のドラマなどを見ながら、私に英語で同時通訳したりしてくれるのである。そんな彼らに刺激を受け、韓国語、中国語を勉強をしているが、成果は今のところ程遠い道のりである。現在シドニーで会計士として働く友達は、そんな自分の資質を生かして、日本を含め外国の企業でも働いてみたいという。広い世界を現実的に視野に入れられるなんていいなぁ、と友達を見ているといつも羨ましくもあり感心してしまうのである。

その後私たちは、チャイナタウンからロックスへと散策し、たんまり飲茶をした後だというのに大好きな『PANCAKE』という店で甘ーいパンケークを一皿食べてしまった。「デザートは別バラ!」なんていう可愛らしいレベルではない。こちらへ来ると本当に胃が大きくなってしまうので恐ろしい限りである、だんだん食事のサイズに麻痺してきて、体重計なんて怖くて乗られなくなってしまう。まぁ帰国してダイエットすればいいさと自己弁解をして繰り返すのだが。それから街中を散策し、途中オックスフォードストリートというシドニーのゲイのメッカみたいな通りを歩いたりした。通りを、男性カップルの皆さんが何の気兼ねもなく悠々と腕を組み歩いていて、なんともリベラルである。そんな空気を知っている友達は、カップルのどちらが女でどちらが男かなんてことまで推しあて教えてくれた。そういわれると何となく分からないでもない。しかし、そんな皆さん専門のバーがあって、外から見た限りやっぱり異様な気がしてしまった私である。私なぞ入ったところで相手にされる場所ではなく、声をかけられるのはのは男性なのだという。逆に安全そうなので入って見るのは面白いのかもしれない、なんて呑気なことを思ってしまった。皆が幸せであればそれでいいと思えるような、そんな空気が流れているようである。

その後私たちは韓国料理の店で夕食を取った。とても人気があるお店らしく、広い店内ほぼ座席が埋まっている賑わいであった。ぺ・ヨンジュンのサイン入りポスターが目立つところに貼られていて、なぜだか日本にいるような懐かしさすら覚えてしまうほどである。韓国ビールにプルコギ、ビビンパを頼んだ。友達がトッポキを食べたいというから、「じゃあ頼もう!」といったのだが、「でも多すぎるからいいよ・・・」と言われてしまった。たった二品だけだから少ないくらいかと思ったのに、実際出てきた料理は二人でも多すぎるくらいだった。じんわり甘みのあるプルコギは、ビビンパと並び私の大好きな韓国料理の一つである。ナムルという小皿のお惣菜もとっても美味だった。久しぶりにシドニーのリベラルな空気を吸い、多国籍な雰囲気に身をゆだね、一日目のシドニーで何とも刺激的な時間をすごしたのであった。


                            

                                              Novermber 01, 2004

                    休日、登別へ行く


先月の初雪以来いよいよ寒さも厳しくなってゆくのかなと思っていたら、ここ数日はまだ不思議と穏やかな日が続いている。さすがに札幌付近の紅葉シーズンは過ぎてしまったこの頃であるが、やや南へと足を伸ばせば幾ばくか燃え尽きる直前の木々を目にすることができて嬉しかった。今回私は幼ななじみの友達と、のんびり気ままに登別温泉目指して出かけたのであった。

登別温泉は、札幌から車で高速を使えば2時間足らずで行ける場所にある。私たちは高速を使わずにお気楽にのんびり国道を辿っていったのだが、最終的に実に4時間程かかっていて後でちょっとびっくりした。出発前、スープカレー好きな私たちはとある美味しい一店に立ち寄り行列をしてランチをし・・・などと予定も立てずに動いていたものだから、途中一体いつ温泉にありつけるのかしらと不安さえよぎるような道中だったのだ。札幌を南に下り千歳、苫小牧を経て海沿いの国道が山中に入ってゆく頃それはようやく見えてきた。

温泉街の雰囲気というのは独特で、何だか人知れずわくわくしてしまう私であった。土産物屋などが立ち並ぶ坂を歩いたりすると、何か独特の風情があって嬉しくなる。札幌から少し離れただけなのに、何だか遠くに旅行に来たかのような非日常な気分になり、『湯けむり〜事件』みたいなことに巻き込まれたりして!などと妄想がちになったりしてしまう。辺りにたちこめるイオウの臭いに誘われて、私たちはまず地獄谷を見ることにした。なんだかんだとこの地獄谷を見るのは初めての私であったが、圧巻である。何とも強いエネルギーが大地から噴出しているのを見ていたら、何か底知れぬパワーをもらえた気がした。それにしても、荒々しくむき出しの岩地からもくもく絶え間なく煙が沸き立っている地獄谷という場所は、本当に何か起こりそうな雰囲気で、まるでドラマの舞台のイメージにぴったりなのである。一体私は何を期待しているのだ?そんなことを思いつつ、一行は早速温泉につかりに行くことにした。

その後行き当たりばったりでホテルを決め、早速案内され中へと入る。やたらとサービスの良い従業員に案内され、延々奥まで行った先にフロントがあった。そこで知ったのだが、日帰り入浴は何と2000円だった。値段を聞いてびっくりして友達と顔を見合わせてしまったくらいだったが、何だか引き返すのも面倒なので、ここはと腹をくくって「とくと満喫してやろう」と入ることにした。うーむ、今までこんなに高い日帰り入浴はなかったわ・・・一瞬もっと調べておくべきだったかと後悔がよぎるが、ガラガラと扉を引いた瞬間それはすぐに消えたのである。素晴らしいアメニティ、広い脱衣空間、そして7種類もの泉質を楽しめる大風呂に加え、多くの珍しい風呂が広々とあったのである。それだけの値段なだけある納得の素晴らしい大浴場で、心も体も芯からリラックスでき大満足であった。

露天風呂へと足を伸ばしてみると、外気がそこまで冷たくないのであの冷気と熱気のギャップを楽しめる程ではなかったのだが、それでも十分気持ちが良い。湯船にほへーっと浸かっていると、過去に訪れた温泉の記憶が蘇ってくる。「あの時は誰々と来たなぁ」だとか、「あの景色がキレイだったなぁ」などと学生時代の記憶などがフラッシュバックしたりする。「あの頃の自分が今こうなっているだなんて想像しなかったなぁ、時が経ったなぁ」などと感慨にふけっていると、体が熱ってのぼせそうになって一旦湯船から避難したりする。そうして違った風呂に移って今度は違うテーマでいろんなことを考えつつ、幾多の泉質を味わい試したりするのであった。蒸気風呂や気泡風呂や歩行浴湯なんていう珍しい風呂もあって、施設としても満足できるものだった。

そんなこんなで温泉をたっぷり満喫し、久しぶりにあの湧き立つエネルギーを吸収して気持ち新たに大浴場を後にしたのだった。いやぁ、日本人に生まれてよかった。温泉最高!と万歳してしまいそうなほど、久々の温泉は気持ちがよかった。その後アイスなんぞ食べ、熱りをさましつつ私たちは帰路へとついたのである。何だかのんびりとドライブをして久しぶりに友達と語り合えたのも楽しかった。私が横でうるさく話すものだから、友達は高速の出口を見逃して通過してしまったりしていた。私は恐らくナビ失格である。とはいえ、なんとも久々にリラックスした休日を過ごせて心からハッピーだった。



                            


                                              October 29, 2004
                       2 become 1


私は割とマニアックな人間である。なんだかみんながイイ!なんて言っているものには特に興味がわかない。が、いぶし銀のものや、これっ!と思った私の独自な感性に響く珍しいものにはやたらにハマってしまう。そんな私の最近私のお気に入りCDには、“SHINHWA”、“BEYONCE”、“Jessica Simpson”、“Nicholas Tse”、“Utada”、“RYU”、“Spice Girls”など新旧国籍問わずエントリーしている。とてもまとまりがないのだが、どれもこれもピンとくる曲がそれぞれあってそればかり聞いている。私の突飛な趣味がばればれである。“Spice Girls”の中で私のお気に入りは『2 become 1』なのだが、それがぴったり合うようなそんなスィートな時間に遭遇してしまった。

今回とっても感動の再会を果たすことができた。私の大事な友達であるクリスとレイコと3人で集まるのは、実に約9ヶ月ぶりである。その間クリスは遠くはスウェーデンにいたのだから、感動もひとしおである。待ち合わせのカフェでレイコと懐かしいクリスの顔を見つけたときはなんだか嬉しく、と同時に信じられなく、私は「いやぁー」と爆笑しつつ意味不明の感嘆をもらすばかりだった。

レイコは同じく2003年度ミスさっぽろとして一緒に仕事をして以来の仲良しで、クリスとは札幌雪まつりのメインイベントの一つである国際雪像コンクールで知り合った。このちょっとベイビーフェイスだけれどもとっても品が良よく、エレガントなクイーンズイングリッシュを話すイギリス人のクリスは、スェーデンに自分の事務所を持つプロダクトデザイナーである。同じく芸術家で建築家である友人、そして世界的に有名な『イケア』という家具ブランドでデザイナーをしている友人とともに、彼はこの札幌の雪像コンクールへと乗り込んできたのであった。各チーム、限られた期間の中で、高い芸術性を誇りつつ、各国の文化をふんだんに表現するような迫力ある雪像を彫刻してゆくのである。ただでさえ雪像を作るというのは、寒い中で雪の微妙なやわらかさを天候を見ながら調節してやってゆかねばならないという骨の折れる作業である。その中でこのスェーデンチームは、他の世界各国から集まった18チームで様々に芸術性高い作品で競われた中、見事優勝を勝ち取ったのであった。(結果はこちらをご覧頂きたい http://www.snowfes.com/contents/event/contest/)

そんなイベントで、哲学的なデザインで見事に雪像を作り上げ優勝したチームの彼らをはじめ、各国の参加チームの皆と最終日、閉会式後に『さよならパーティ』というパーティで打ち上げ会をしたのである。札幌の中心部にある、オールディーズが流れるかわいらしいライブ・バーにみんなで集まってワイワイノリノリで楽しく踊ったのだった。パーティ中ダンスコンテストがあり、各国チームがそれぞれのダンスを披露したのだった。中でも私たちミスは、マカレナを踊ったのである。そう、あの数年前にはやった「ウ〜マカレナッ」(ウ〜でフリフリフリっとする)と踊るあれである。我ながらとってもキュートな4人であった。ダンス好きで国際文化交流を楽しむ私にはとっても思い出深いイベントであり、大切な友達と知り合えた貴重な場でもあった。普通に過ごしていたら、一生知ることもなかったろう離れたところに住む人と出会い、語らい、楽しい時間を共有する。まさしく縁とは異なもの味なものである。

そんなこんなで私たちは仲良しになり、今回はるばるクリスが遊びに来てくれまた再会することができたのである。本当に彼らと一緒に再会できるのは楽しみだった。私たちはカフェでのしばしの語らいの後、アジア料理のお店で飲み放題つきのディナーをした。好奇心旺盛で興味津々丸の私は、なんやかんやとクリスを質問攻めにしていた。何でも日本人的に遠まわしに、微妙なところをついたのだろう、とうとう私はクリスに“You're inquisitive”といわれてしまったくらいである。「あら、詮索が過ぎたかしら?」そう思ったが、まあいいではないか。私はあんたたちが好きなんである。

彼らはとっても面白く、刺激的で、クールである。クリスは前述の通りのエレガントなイギリス人で、ベッカムの声のものまねをして何度も笑わせてくれたりする面白い人でもあった。一方彼女は現在大学院生なのだが、華奢で可愛い顔をして、バックパックをしょって研究のために東欧へ一人で行ってしまうような行動的な女性である。マルチリンガルで、イギリスで経営や政治を勉強してきた彼女はミス時代、とてもスマートなスピーチをしていたのをよく覚えている。常に世情や政治など知的なインタビュー応対は彼女の役でもあった。そんな二人は私にとって今とってもスィートで可愛らしくて素敵なカップルに見える。GALLERYのパリ編のポンヌフの橋の写真のところで再会した人たちの話を書いたが、実はそれは彼らのことなのである。ああ、ロマンティックにも程がある。そんな二人を見ていたら、なんだか私もハッピーなオーラを分けてもらえてすごく嬉しかったし、何とも学ばせてもらえたこと数知れない。そんな彼らとこれからもずっと仲良くしてゆきたいし、見守ってゆきたいと、まるでおばさんのように目を細めてしまう。クリスよ、どうかinquisitiveな私を許していただきたい。

その後、思い出の場所をたどったりして私たちはまったく不思議な縁に導かれたことを実感した。いやあ世界は広いような狭いような。それでも、やっぱり別れ際は名残惜しくもなったが、またすぐ会えるな、と不思議と悲しみはなかった。いやはや人間、本当に重要なのは心の距離であり、物理的距離とは大した問題ではないのである。気持ちがあれば縁と運は味方をしてくれるのだ。近所にせよ遠方にせよ、世の中こんなに人間はいるものだ。しかし、世界中離れたところで生まれ育った人とめぐりめぐって出会って通じ合う、まさしく2 become 1なのである。何て素敵な出来事だろう、アメイジングかつミラクルである。そんなことを思い、今まさに曲を聴きながら書いていたのだった。



                             


                                               October 26, 2004
                          横浜散策


札幌では今日初雪が降った。今夜降るという予報を聞いてはいたが、さっき散歩に行った限りではそこまで冷えてはいない気がした。しかしダウンジャケットを着て出かけたのでそう感じたのかもしれない。窓を開けたらやや横風に雪が降っていた。その光景を見ていたら、何だか『冬のソナタ』の主題歌が頭に流れてきた。「ネゲルオソッソ〜」と始まるあれである、正しくは知らないのだが。ストーリー中、初雪の時にユジンとジュンサンは必ず巡り合う設定である。韓国では、初雪の時に大切な人と一緒に過ごすと結ばれるというジンクスがあるというのだ。何ともロマンティックである、今まで何度も大きな感動もなく初雪を見てきたが、そんな素敵なジンクスを知っていたら守ってみたかったものである。

そんなこんなで、横浜を散策したときのことを書こうと思う。週末滞在した東京で所用を終えた次の日、私は妹と、東京見物ではなくもっとのんびりできそうな横浜界隈を歩いてみよう!とお互い一致し、まずは伊勢崎町を訪れたのであった。ここで有名な『横濱カレーミュージアム』でランチをすることになった。駅を降り立ち人の流れについて少々歩くと、下町の情緒ある商店街へとたどり着く。この、数多くの店が連ねるイセザキモールに入るとすぐのところにそれはあった。

時間が時間なだけに長蛇の列ができていた。素晴らしくサービスのよろしい店員に案内され中に入ると、各店舗でさらに行列ができていた。札幌からはご当地名物スープカレーの店舗が出店していたが、目もくれずに私たちは横浜代表の『ハヌマーン』を試しに行列後尾へ足を運んだ。出てきたカレーは、インド風のサラサラ系薬膳スパイシーカリーというかんじであった。うーむ、なかなか美味しい。最近スープカレーに慣れてしまっていたので、インドの独特の香辛料の味わいが新鮮であった。チャイも濃厚で美味である。うむ、ご満悦。そして私たちは別階のお土産スペースを見てそこを後にした。

それから歩いて中華街を目指した。時折「ああ、ここはあの時きたところだわ」などと記憶がプレイバックするのが楽しい。そして行き交う人の流れについていくと中華街の門が見えてきた。歩きながら、中国人の方々の勢いを改めて思い出してしまう。「気に入らないなら行っていい」と剣幕で客を追い払う露店の店主、「安いよ、お姐さんこれどう?」とぶっきらぼうだけど容赦ない呼び込み・・・外国では無表情のぶっきら対応は通るだろうが、このサービス大国日本でその接客とは。中国の大陸のほうの方たちなんだろうか、見ていてやはりびっくりした。シドニーのチャイナタウンは香港系の方が俄然多かったが、こちらはよく見ると割合が違う気がする。あの中国の、特に大陸のほうの方の、自信があり主張が強くて勢いある気質は是非見習いたいところである。しかし、どこの国でもチャイナタウンは独特の活気があるものだ。横浜のそれはとても整備されているからか、清潔な雰囲気で、安全で、そして食料品小売店、レストランが多いなと今回改めて思った。

そしてふと歩いた先に、手相占いと足ツボマッサージのお店を発見した。なんというサービスの組み合わせ!日本人の弱い部分をうまく捉えている中国人、まったく商売上手である。あまりの人だかりに引かれ、占い好きの私はその誘惑にあがなえず妹を道連れにし、早速占ってもらうことにした。手相と生年月日で見てもらったのだが、やっぱり面白く興味深かった。改めて自分を客観的に見つつ、あることを再認識しつつでこれまた満足だった。占いは、自己発見ができるからやはり楽しい。そこは常に中国人男性が呼び込みをしていて、沢山の人を鑑定していうるようだったから信頼できそうであった。むふ、自己満足である。

その後ランドマークタワーやみなとみらいのほうへと移動し、空港へ戻る時間まで横浜の空気を満喫したのだった。ああ、あの夜景のパノラミックでロマンティックで何とも素敵な雰囲気が忘れられない。そしてとても歴史があり異国情緒溢れ、また行き交う外国人の方も多く国際的で、新しいものにオープンな空気も魅力的だなと思った。それはきっとまだ30代という若いパワーで革新的な市政を行っている横濱市長中田宏氏によるところも大きいのだろう。みなとまつりのお仕事でお会いし、とても気さくに話して頂いた時のことは今でも良く覚えている。きっと横浜は、これからもどんどん発展をとげてゆくのだろう。みなとみらいなどは、名前の如くそれを象徴しているかのようである。何とも多くの刺激を受けた週末を久々に過ごせて満足な私であった。



                              



                                              October 25, 2004
                 再会は横浜で


この週末、ちょっとした用事があって東京へ行ってきた。台風通過の後だったせいかここ数日の札幌は時期にそぐわない暖かな日が続いていたのだが、関東地方も同様で過ごしやすい気温だった。着くなり私は再会を心待ちにしていた人へ連絡を入れた。もう遠距離恋愛中の相手に会うために胸を高鳴らせている一途な女性と同じ心境である。今回の楽しみの一つが、昨年の横浜みなとまつりのときに仲良しになった横浜観光親善大使の友達との再会なのであった。

翌日ゆりかもめで移動する用事があったため新橋に宿泊したのだが、その彼女の住む横浜で待ち合わせをすることになった。久々の東京のJRである、気合を入れねば!とひそかに意気込んでしまった。ホテルで一息ついた後、行き交う人々をかき分け夕時のラッシュアワーで会社帰りの方々の疲労感漂う車両へと乗り込んだ。やはり札幌とは異なる容赦ない混雑振りに圧倒されつつもその後の時間を思うととてもわくわくした。

彼女と桜木町で待ち合わせをした。やはり横浜方面まで出てくると、人々の雰囲気も幾分変わり穏やかになってくる気がする。人の速度と密度が少なからず下がってきて、ようやく酸素呼吸をできたような気にすらなる。改札を出ると、少し離れた場所に彼女の姿を見つけた。張り詰めていたものがふっと緩むかのように、約八ヶ月ぶりの再会にものすごく感激してしまった。本当に変わらぬ彼女の笑顔に会えて心から嬉しかった。

その後、私のリクエストで彼女は地ビールが飲める赤レンガ倉庫にある素敵なお店へと案内してくれた。駅から歩いてゆくと、懐かしい景色が広がってくる。そう、昨年5月にミスさっぽろとして横浜みなとまつりに参加させていただき、仮装行列と一緒にオープンカーに乗ってパレード行進した場所である。美しい景色を楽しみ、暖かな横浜の人々に心洗われ多くの元気をもらったことを今もはっきり憶えている私である。

彼女に案内してもらったお店で、いろんな話に花を咲かせたのだった。仕事を通じて知った今だから言える話や、楽しかった話、面白い話、そして現在のことなど、今までずっと離れていたとは思えないほど、通じ合える話は尽きなく時間があっという間に過ぎていった。お互い呑めるクチで一緒にビールを味わえるということや、タバコの煙がダメだということなども何だか嬉しい共通項だなと思った。

元をたどると、その横浜みなとまつりで、ホストとして私たちを温かく迎えてくれた横浜観光親善大使の一人が彼女であった。そのレセプションでは大使を始め、横浜の観光にかかわる要人の方々が皆、ホスピタリティあふれるもてなしをしてくれたのである。ミスさっぽろを通じて知り合った方は沢山いたが、その中でも彼女とは特に意気投合して何だかとても惹かれてしまった私だった。

初めての出張だったこともありとても思い出深かったその仕事の後、彼女と再会できたのはさっぽろ雪まつりの『全国ミス大集合』というイベントの仕事でだった。全国各地からいらしたミスの面々の中で、彼女はもっとも印象に残り、聴衆を楽しませる素晴らしい観光PRをしてくれたのだった。掛け合いの漫才でオモシロ楽しく魅力ある観光スポットを紹介していたのだが、ステージ脇で誘導などをしていた私は完全に引き込まれ聞き入っていた。私だけではない、お客さんも時に笑い、なんともウィッティなそのスピーチをとっても楽しんでいた。しかし残念ながらその時は限られた時間でしか話をすることができなかった。

なので、かねがね彼女にまた会う機会があるといいなぁと思っていたのだが、今回こうしてようやくプライベートで再会できてとっても嬉しかった。アメリカの大学でジャーナリズムを学んでいた彼女の洞察力や考え方はとてもコスモポリタンで、鋭く、私にはとても興味深く刺激的で面白い。何より横浜の観光案内まで詳しくしてもらえるのだから、なんとラッキーなのであろう。まったく仕事を通じての出会いは何よりの財産だったなぁと強く思う瞬間であった。

その後、これまた可愛らしいバーでエキゾティックなカクテルを飲んだ。本当に時間がたつのが惜しいくらいであった。そしてみなとみらいやランドマークタワーのロマンティックな夜景とこの再会の喜びをかみしめながら、駅へと向かったのであった。今度はいつ会えるか分からないと思ったら、名残惜しくてたまらなかった。彼女は見えなくなるまで手を大きく振ってくれていた。



                             

                                            October 19, 2004


             散歩中にふと思ったこと


何だか近頃毎日が異常に平凡に感じられる、と散歩中にふと考えた。旅行から帰って以来ずっとそうなのだが、激しく感動したり、興奮したり五感に訴えてくるような刺激が薄い毎日である。アドレナリン枯渇状態で砂漠化進行中である。うーむ、これは至って平和である意味幸せな状態ともいえるのだろうか。人間ないものをねだってしまうものである。

ないものをねだってしまうといえば、最近思うことがある。たとえば狭い通路などを通るときに向かい側から同じく通ろうとする方がいるとする。普通ならお互い譲ろうとして「あ!」と鉢合わせて見合わせたりするが、その後どちらかが譲るという状況になるだろう。それは至って些細な日常で、何の思いも残す経験ではない。しかしである。何だか気になってしまうのは、そこでずかずかと顔を伏せがちにわが道を来る男性の方なのである。そういった方は恐らく周りが見えていないのか、さしずめ譲るなんていう気持ちがさらさらないのかなのだろう。

こういうとき、ささっとレディファーストとばかりに一歩後退して譲られたら本当に感動してしまう。「いやそんなことしなくていいのに」と思ってしまう。でも逆にされないと「そんな気遣いはないのね」とがっかりしてしまうという我がまま心が後に残る。ドアを開けるとき、道を通すときなどスマートにレディーファーストができる方には心底感動してしまうものである。やっぱり我がままだろうか。何というか、別にしなくていいのである、がしてもらえたら感激、というだけの話である。いや、これはやはりお互い譲って親切心を示すのが一番気持ちがいいと思われる。きっと相手に期待をするから後でがっかりするのだろう。

更に歩き続ける。行き交う人々を見ていると色々なことを思う。ふとすれ違う二度と会うことのないであろう方々にも、それぞれの人生の積み重ねがあるのだろうと思う。小学生のとき、夏休みのプール開放へ行くために通学路を歩いている時に、そんなことを初めて思ったことを今でも覚えている。それまで世の中というのは自分が中心でまわっていると、驕りや自信からではなく、単に視野や意識の狭さから思っていたのであるが、ある日ふとそう気づいたのである。ふと近所のその学校へ行く途上の地点へ来て、そんなことを思った記憶が蘇って面白かった。

それにしても私は小学校から今までずっとこの地を離れていないなんて、自分はなんてローカル人間なのだろう。そんなチャンスもあっただろうに、私はなんだかんだと生まれ育った札幌のこの地を離れずにいる。実際、散歩していても、変わり映えない風景を見ているから大きな刺激はない。しかしそんな中で、静かに確実にこの年月の中で変わり行く建物、店舗、人を見てきた。変わっていないようで、それは一時と止まることなく確実に変化し続けているのだ。なぜだか私はこの地が好きで、敢えて都会へ出たいという気持ちも沸いてはこない。が、その分人一倍旅行が好きかもしれない。そういった偶の大きな刺激があるから、この日常も楽しめるような気がするのである。

旅行といえばまたアジア方面を開拓しにでかけたいとさらにふと思う。このブームの韓国を改めて見に行ってみたいなぁなどとぼんやり思ったりする。しかし、旅行に出かけなくとも最近アジア映画でとっても面白そうなものが盛りだくさんである。キムタク出演の『2046』、カンヌでグランプリだった韓国映画『オールドボーイ』、どちらもとても気になっている作品である。

ああ、しかしこういう時間に感謝しつつ、平和ボケしないように刺激を敢えて取り込むようにしようと思う。そんなことを脈絡なく思いつつ、ちっちとモモの散歩を終え帰宅したのであった。



                             

                                             October 15, 2004

                 腰痛時にアジアを鑑みる


先日の突然の腰痛も日に日に回復を見せ、当初類人猿のような格好で歩き回っていた私も、漸く人間の格好に戻ることができた。この数日の私は、まるであの歴史の教科書などにある猿人→原人→旧人→新人の進化の過程をたどっていた。『猿の惑星』みたいであった。昨日あたりからようやく直立歩行の状態へ回復したのだった。

案の定、ちっちの執拗な散歩の催促もなんとかなだめ、ここ数日は仕事後家で安静にしながら過ごしていた。夕方のテレビなどのデパ地下特集やニュースなどを静観していると、何とも身近なところに色々あるのだなぁと改めて実感する。それにしてもニュースから流れる事件や事故は相も変わらず不可解で予想もしない悲劇ばかりである。こういう事実は知る必要があるのかたまに考えてしまうことがある。インターネットのサイトでは項目別にニュースが列挙されているので取捨選択しながら情報を得られるが、事件・事故のニュースというのはやはり見ていて決してプラスの話ではないなと思ってしまう。どうせなら自分を奮い立たせるようないいニュースを選んで聞きたいものだと思う。

テレビに飽きたところでDVD鑑賞である。DVDといえばこの間『インファナル・アフェア』を見た。あのためらいなくいとも簡単にズキュンズキュンと拳銃で相手を撃ち殺し、主役級の人も死んでしまうという先の見えないハラハラドキドキアクションに、私は完全に引き込まれてしまった。香港映画は、ジャッキーチェンの映画に代表されるようにとてもテンポがよくアクションが素晴らしいといつも思う。広東語も、中国の標準語とは違う独特のテンポがあって何だか気持ちがいい。改めてアジア映画の醍醐味を思い出させてくれた映画の一つであった。役者もなかなかクールでとても面白かった。現在2の話がロードショー中なので、是非見に行こうと思っている。香港俳優の皆さんは、日本にいそうでいない感じの美形の方がそろっていてそちらも見ものである。香港俳優好きの私なのだ。

そして腰痛中の今回は、ヨン様で話題になった『スキャンダル』を見た。ヨン様映画というと、「お前もか・・・」とシーザーのようなセリフを言われてしまいそうなのだが、私は個人的にヨン様は特に好きというわけではない。しかし、これだけおば様方が話題にし、通販でヨン様の変装セットなぞ生まれてしまう人気も分からなくもない。来日したときなどの彼の応対、物腰、話し方などすべて誠実そうで好感度が間違いなく高いだろう。何だか歳の割りに大人なイメージもある。そしてあのほんわりした雰囲気が素敵だと思う。そして彼の熱狂的な人気は日本だけではなく、アジア全体に広がっているのだからやっぱりすごい。韓国の勢いを感じてしまう。

それにしてもこの映画、結論から言ってしまえば、何とも美しい芸術鑑賞をした後みたいな気分になるお話であった。韓国の中世の絵巻物を鑑賞したという感じか。しかしヨン様のイメージを明らかに覆す、とても興味深い内容で「あーヨン様はすごい役者だなぁ」とある意味感心した。話もなかなか深遠なのだが、やはり韓国らしい悲劇もアリで刹那的な哲学を後に残すかのような面白い映画で、個人的にはとても面白いと思った。静かで官能的で哲学的な雰囲気がフランス映画のような趣もある。うーむ、なかなかお勧めである。やるなぁ韓国映画、いろんな味わいを持っているのだなぁと感心した。何とも肉体改造などしてしまうあたり、ヨン様はハリウッド俳優並みのプロ意識の持ち主なのだとそれも感心してしまう。他の役者の方の美しさも特筆ものである。

韓国文化はブームに乗って日本へどんどん流れてきて、その勢いはとどまることを知らない。そして個人的に、台湾、香港などのブームもやがて上陸するのは時間の問題だと思っている。以前台湾へ出張へ行ったときに、ふと寄ったコンビニで興味深くてあちらの雑誌を買ってみたことがある。それには実に色々なアジアの芸能人の記事が網羅されていて、とても興味深かった。そのときすでにヨン様を初めとする韓流俳優の方々は前のほうに特集されていたのである。もちろん日本の俳優の記事もあったが押されている感は否めなかった。

しかしその雑誌を見ていたら、近い将来こうしてアジア経済がより広く同じマーケットで競争していくのは必至であるという事実を目の当たりにした気がしてきたのであった。同時に、アジアが一丸となってヨーロッパやアメリカなどに匹敵する巨大で強大なマーケットを作り上げることもできるだろうという展望も感じてしまった次第である。

自分が日本人である以上、同じアジア文化を持つ国の理解を深めることは今後もとても有益だと思う。いやはやこの文化交流と発展は、経済的にも政治的にも今後も目が離せない。


                               
                             

                                            October 12, 2004

                      歳をとった日に・・・

誕生日を迎えて新しい一年を意気揚々と過ごそうを思っていた矢先に、突如激しい痛みが私を襲った。家でモモ(家で飼っている犬)を抱っこしテレビを見ながらいい気分で踊っていたと思ったら、脊髄あたりで何かが勢いよく弾けたような感触を覚えたのである。肝心要の骨の一部を抜き取られたかのように、ピンと立てないし力も入らない。何より無理に伸ばそうとすると激痛が腰部に走る。一瞬驚いて試しながらサルサを踊るような動きをしてみたら、やはり突き刺す痛みが一部にある。しかし日常生活に支障をきたすほどではなかったので、その日は次の日の「あら、何でもなかったんだわ」という安堵の目覚めを期してベッドに入ったのだった。

朝、起きてみた。というより夜中に何度か痛みで目を覚ましていたのである。予定通りにはいかないものである。まったくかわり映えのないままの症状に、人知れず深刻な気分になってしまった。とてもまともに歩ける状態ではなく、どう頑張っても何でもない状態を装うことすらできなかったので母に状況を告げてみた。「いやーなんか腰痛になっちゃったみたい」すると母は「あら何だろうね」といいながら、一緒に原因を考えてくれたのだった。しかし次から次へと不安が深まるようなことばかりを口にし、しまいには「昼のドラマで、腰が痛いって言ってたら実は深刻な病気で最後死んじゃった役の人がいたわ」などど空恐ろしいケースを教えてくれた。ドラマとて侮れない、いくらそれが昼のドラマとはいえ事実は小説よりも奇なりというではないか。それは大変!即病院へ行かなければ!そう決心し、実に不安な心中のまま仕事へ向かったのであった。

その日は悲痛な表情を浮かべつつ、仕事後近所の外科へと直行したのであった。しかし医者にかかるなんて久しぶりで面白かった。そこは個人病院ならではの意欲的なサービスがあってとても興味深かったのである。最近になって院長が変わり、かねてからその病院のロゴを大きく装った送迎車が近所を走っているのを散歩中に見たことがあった私は、その意欲的なリニューアルぶりに感心していた。中に入ると、何年も前の面影はないほど明るくモダンな雰囲気になっていてさらにびっくりした。

待合室のテレビに懐かしい『東京ラブストーリー』が入っていて、ご年配のおばあさま方が皆釘付けになっていた。夕方の再放送ドラマである。いちいちドラマのシーンにについて談義していた。完治(織田裕二)が延々とダッシュして探し回るシーンを見て、「あらあら、この人よく走るわね」「あー、でもこの人腰悪いのよ確か」「あー刑事もやって走ってたもんね、若いのにかわいそうにね、そりゃ大変だわ」一瞬ギクッとしてしまった。確かにあのドラマは10年以上も前のものだからそりゃあ織田裕二も若いだろうが、でもそのころの彼と同じくらいの歳である私も腰痛の疑惑ありなのだから。そしておばあさま方は、今日はどんな治療をしただとか、症状はどんな状況かなんていう会話をし始めた。なぜにそんなプライベートな内容を報告しあうのかしら?と新聞を読みつつその会話に聞き入ってしまった。

そんなこんなで私の番が来て、個人病院ならではの実に丁寧で時間をかけた診察の後、私の不安も幾分和らいだのであった。腰痛は人間誰もが一生に一度は患うものなのだという。足を組む癖など、些細な行動の積み重ねがある日突然こうして痛みになって襲ってくるのだという。病名がつくほどではなかったようだ。遅かれ早かれこんなときは来る運命だったのね、と自分を励ましてみたりする。意欲的なその病院は、理学療法といいマッサージなども薦めてきたのだった。やんわり今回は遠慮してみたが、帰りにその部屋を通りがかると皆ご年配の方々ばかりが施術を受けていた。さらにギクッとしてしまった私である。

それにしても改めて健康であることの幸せを実感する瞬間である。いやはやどうなるかと思った。日ごろの行いを正そうと思い直す瞬間である。誕生日の直後にそんな事態に見舞われるなんて何とも幸先がよろしくないが、これを教訓に自分の体には十分気を配ろうと思う今日この頃である。



                                  

                                            October 10, 2004

                ささやかな幸せの一日


長年『体育の日』という国民の祝日として君臨してきた10月10日であるが、ある年から第二月曜日に祝日が移行になりその日はただの一日になってしまった。小さなころから、「誕生日が祝日という幸せな星の元に生まれたのだ」と毎年特別な気分を味わってきたのに、突如そうなった年の落胆は今でも鮮明に覚えている。以来数年間この日は平日のなんでもない日に甘んじてきたが、今日、日曜にあたって再びつかの間のスペシャルデーとして一日を過ごせて幸せな気分だった。

10月10日と言えば、昭和39年に東京オリンピックが開催された日でもあったのだが、この日が選ばれたのは統計上一年でもっとも降雨確率が低い日だったからだという話をある方に聞いたことがある。「もし日記をつけていたら調べてごらん、この日は本当に雨が降らない日なのだから」と、過去にクイズ選手権で優勝したことがある超物知りのその人が教えてくれた。といって調べたことはないのだが、今日の札幌は薄い曇り空であった。しかし、関東地方を初めとする各地で今台風22号が猛威を振るい被害が出ているではないか。歴史は変わりつつあるのだろうか。約1ヶ月前に札幌で強い台風を経験したので以来、天災というものを以前にもまして意識するようになった私である。被害に遭われた地域の方を思うと、本当に心配になる。

それにしても、歳をとるということにはもはや感動もなく、ただただ今となってはその時の流れに驚くばかりである。年齢はもはやついてまわる数字にすぎなく、大事なのはその人生の中身だと思ってしまうのは僻みっぽいだろうか。いやはや本当にしたいことを突きつめていくと、本当に一年が短くそれに驚いてしまうのである。年齢というより、自分の人生設計の中でしたいこと、しなければならないこと、しておくべきことなどをリストアップしていると本当にいくら時間があっても足りないくらいで、色々なことがどんどん押してくる。まぁ人間寿命が延びつつあるのだから、それは割に合っている流れなのかもしれないと思うことにしている。ともあれ、やはり一年の中で自分の特別な一日は何ともいえないハッピーな気分で一杯だった。

さてはて、今日は大切な人たち皆さんに色々なメッセージをもらえてとても幸せでした。

みなさんと今この同じ時をともに生きられて本当に幸せです。

そして私も皆さんの幸せを心から願っています。

このサイトを見てくれたすべての方に感謝の気持ちで一杯です。

いつも本当にありがとうございます。これからもご指導よろしくおねがいします。





                              

                                             October 03, 2004

                     
魅惑のタイ道中 その2


札幌はすっかり気温が下がり、もはや晩秋の様相である。ついこの間タイで灼熱の気候を満喫してきたことも、今となっては遠い過去のように家では暖房をつけてしまうほど寒さに滅入ってしまう。あんなに常夏のような陽気を惜しみなく与えたタイはバンコクも、先週から冬の気候になってきたと聞いて驚いた。何て贅沢な。こちらの常識では、タイ人は一年中夏を満喫していると思っているのにそういう季節区分があるのだから不思議である。タイでは気温が20℃以下になると一大事なのだという。確かに思い出せば留学中、タイ人の友達はキャンベラの肌寒い気候によくブルブル震えていたものである。

暖かい気候というのは人間にとってとても有益だと思う。気温が高いとと相対的に人間の気質を明るく陽気にすると思うからだ。そんな実験データがあるかは知らないのだが、経験的にやはり暑いほうが気分がよく、寒いと気分が何となくふさいでくる気がする。だからか秋はどことなく物憂げになってしまう。まあそんなこんなでふたたびタイの話を書こうと思う。

旅の二日目、私は妹とタイ人の友達の案内でバンコク市内の観光をしに周ってきたのだが、その様子はギャラリーからいくらか様子が伝わっただろうか。写真は載せていないのだが、この日私たちは夕食前にタイ古式マッサージを体験してきた。タイ式マッサージはとても一般的で街中で容易に店を見つけることができる。しかし私たちが今回行った場所は、友達の家の近所にあるそれはとてもローカルな一軒だった。値段も地元人向けで、店員はあまり外国人の接客をすることがないのだろう、まったく英語を話さない方たちだった。友達が値段とコースを通訳して教えてくれ、好きなコースを決めると早速とてもわくわくした。前回タイに来たときは芳しいアロマオイルでソフトなマッサージを受けて心も体もそこからリフレッシュできて最高に気持ちがよかったのを覚えているのだが、今回はちょっと趣向を変えて古式マッサージを体験するのだ。皆さんは見たことがあるだろうか。このマッサージはカーテンの向こう側にちょっとした小上がりがあり、そこにマットが並べて敷かれている。そこでマッサージ師の方がさまざまなスタイルの技を披露してくれるのである。

しかし突然の客が日本人だと知って珍しかったのだろう、他の手隙の店員が見に来てマッサージ中ずっと私と妹の担当の人とおしゃべりしていた。一体何を言っていたのかは分からないのだが、ともかく穏やかな空気の中マッサージは続いていった。独特のツボを押さえているのかすぅっと力が抜ける感じがあった。時折痛いほどに筋肉をもまれるのだが、それもまたじんわりと効いてくるのが分かる。前半は割りと疲れをほぐす至ってリラクシングな空気のもと進んでいったのだが、後半である。指示されるまま体勢を変えていくとぐきぃっと関節を体ごと引っ張られるような状態になっていて驚いた。担当の方は巧みに体を私に絡めて腕やら腰やら背中やら骨格や節々を勢いよく引っ張るのである。心の中でもだえながら叫んでしまうほど一瞬の痛みは大きく、それだけに何だかものすごくいいストレッチを久々にしたかのような爽快な気分が後に残るほどであった。そんなアクロバティックなマッサージを何パターンも施され、延々と続くタイ語のおしゃべりのBGMに時にまどろみを覚え、あっという間に時間が過ぎていったように感じられた。

終わると、何だかほっとしたような何か体から毒素が抜けたようなそんな体の軽さを覚えた。決してほわーんと眠気を誘うような気持ちのよさを味わえるマッサージではないのだが、体の健康に大いに効果があると感じられたマッサージであった。旅行中の疲れが一気に吹き飛び、次の日明らかに体が軽かったのである。あのマッサージのパターンを覚えていつか旦那様にしてあげたらきっと喜ばれるであろう。こういうマッサージはアジア独自のものだろうと思うのだが、女性独特の愛情と優しさを感じられていいなと思う。しかし日本では高いのでマッサージは行ったことがない私である。

またタイでの最後の夜は、これまた友達の案内でローカルなタイレストランへ行ったのだった。タイで最後のトムヤムクンをしかと味わいご満悦の私だった。友達が「本当に好きだねぇ」とあきれるほどである。それから他の友達と合流すると言うので、移動した。途中ちょっとした渋滞に巻き込まれつつ、少々郊外に出たところにあったナイトクラブが集まるビルへとやってきた。夜9時を回るころにはすでに行列ができるほど駐車場は混雑していた。ん?今気づいたが、皆ナイトクラブになぜ車でやってきているんだ?友達然りである。まぁいい、交通事情が違うんである。

着いた所で他のタイ人の方々と合流。皆IDチェックを受けクラブへ入る。いやあとてもわくわくした。旅先でナイトクラブというのはちょっとした夜遊びであり、何だかしがらみがなく楽しめるものである。といっても堅実派A型の私はどんなに飲んでも酔いきれずにどこかクールな自分を保ってしまうのであるが。しかしタイの若者が思い思いにダンスを楽しんでいるのを見ているのは面白かった。皆さんとてもさわやかに楽しんでいて嫌らしさもなく気持ちがいい。何とも若いエネルギーがクラブの空間一杯にほとばしっている感じであった。女性は手入れされた長い黒髪に皆本当にか細い体で嫌味のない露出の格好をして着飾っていた。男性はなんと言うか様々でそれこそ日本などの影響を受けていると思われる男性もいた。しかし男のタイ人の友達がバーテンの男の子におもむろに電話番号を渡されて困惑していたのには皆一同笑ってしまった。あちらではさほど珍しい話ではないのだろうか。結構笑い話だったが大きな驚きはなかったのである。女としては他人事で面白い。

そんなこんなで夜は更け、12時をまわったと同時に一斉にホールが明るくなり皆どやどやと帰ってゆくのであった。何とも風紀の保たれた空間であった。そしてアルコール入りの皆さんはがわらわらと駐車場へ向かってゆくのである。うーむ、タブーがあるのだかないのだか。他の友達が私たちを見送ってくれ、駐車場でお別れの握手をした。「また今度絶対タイで会おうね!」と胸にしみるようなさわやかな笑顔で手を振ってくれた。「うん、また絶対タイに行くよー、今度はリゾート行きたいからね。」タイでの最後の夜は楽しい熱気とともに締めくくられたのであった。
                           

                            
                              
                               

                                            September 29, 2004

                     魅惑のタイ道中 その1


9月も過ぎようとしているというのにまだ日本列島に台風が上陸している。やはり地球温暖化による異常気象なのだろうか、この時期に21号なんていう台風がくるなんぞ予想しなかった。上陸した地域の方々を思うと何とも心配になる。しかし昨日札幌では、運よく静寂のなかにすこし霞がかった美しい中秋の名月を鑑賞することができた。

それにしても、細木数子のテレビ番組で「女は月を見ないほうがいい」という言葉を聞いて以来、なにやら根拠がよく分からないながら密かにそれを実行し続けていた私だったが、昨日ばかりは見ておかないほうが損な気になってしばし眺めてみたのだった。穏やかに、しかし妖艶に静かに光る月の光と流れゆく雲を見ていたら、何となく狼男の話や吸血鬼の話などを連想してしまう。確かに人間を狂わせてしまう何か妖しい力が月にはあるような気がしてくる。

それはそうと、先週連休を利用してタイへ旅行に行ってきた時の話を書こうと思う。三度目のタイである。行く前は仕事に追われて何だか旅行のことをまったく考えられない状況だったのだが、行ってしまえばやはりすぐに魅惑のタイの世界へじわじわと引き込まれていったのだった。

日系航空会社のパッケージツアーで参加したのだが、搭乗するなりタイ人のとってもチャーミングなフライトアテンダントが沢山いて早くも微笑みの国タイを思わせるムードでいっぱいである。タイ人の女性は本当にキレイだなぁと思った。何だかアジアを象徴するような優しさに満ちた微笑と奥ゆかしい応対がとても印象的である。「いやーん、本当にタイにまたいけるんだわ!」と改めて嬉しくなってしまった。しかし、台湾、香港を通過してインドシナ半島まで行くだけに、改めてバンコクまでは結構距離があるのだなぁとフライト中に思った。

到着するなり、現地人ガイドの方がお迎えにいらしてくれていた。「これから案内いたします、PANと申します、どうぞよろしくお願いしますー」と、タイなまりでとっても早口だけれども敬語を使いこなす達者な日本語を話すPANさんは一見コワモテで、初対面は「え!?」とびっくりしたものだった。しかし実はものすごくよく気がつくとっても面白い40歳前後のタイ人男性であった。その晩一行は、そんなPANさんの早口丁寧語トークに注意深く耳を傾けながら高速脇の景色を楽しみつつホテルへと向かったのだった。

翌日、私は妹とサイアムスクエアーにあるホテル周辺をまずはぶらぶら歩いてみた。まとわりつくような熱気と、バンコク独特の臭いにいやはやタイに来たのだと感じさせられた。行き交う車とバイクが危なっかしくまたとても忙しないので信号を渡る時も気が抜けない。タイでは人命の値段があまり高くなく、そして車は市内の制限速度が80キロである。さすが世界一の交通渋滞と事故率であるだけある。何度来てもこれは慣れないし、バンコクで運転するなんてまず無理だと本当に思う。排気ガスの空気汚染も半端ではない。

それから、留学時代のタイ人の友達がホテルまで迎えに来てくれ、3人で市内観光へ出かけた。観光の様子はぜひギャラリーを見ていただきたい。タイのトロピカルな食事、装飾デザイン、植物など何もかもが独特で魅惑的ある。それにしてもタイ人は日本人とどこか通じるものがあると思う。バンコクには約6万人も日本人が住んでいて、日本人学校もあるくらいなので、どれだけ日本人にとって住みやすく人気があるかがうかがえる。退職後に老後を過ごしに移住する日本人もいると聞いた。相容れる何かがあると思う。

旅行中は、何度もタイ人に間違われて困った。タイも南北に長い国なので、北方系の人、中部系の人、南部系の人などで見た目にも違った特徴があるという。私は、「北方系のラオス国境付近にいる肌が白いタイ人」とか、「中華系とのハーフのタイ人」に見えるなどとかなり特定的に、友達を含め色々なタイ人に言われた。「タイの有名な映画女優に似てる」とガイドのPANさんにも言われてしまった。実際昔から東南アジア系の顔だと人に言われ続けてきたので、本場の方にそういっていただけるのは光栄である。PANさんに、「タイ人にこう言ってみなさい」と面白いタイ語を教えてもらった。「シャンベンコンタイ、ガートゥーイープン(私は日本で生まれたタイ人です)」・・・このタイ語、今回はその後友達に試しに言ってみただけにとどまったが、うまく使ってもっと話せたら、現地価格で買い物できたりぼったくられずにタイ旅行ができそうである。それにしてもタイ人女性は皆スリムで美しく伸ばした黒髪にくっきりとした顔立ちの方が多い。辛いものと甘ーいフルーツを食べ続けたらああなるのだろうか。確かにタイ料理なら毎日食べていたいほど私は好きなのだが。見習いたいものである。

その日は観光でバンコク市内をいろいろ周って来た。その様子はギャラリーで紹介しようと思う。



                              


                                            September 20, 2004

                  お酒の話


ぬけるような爽やかな秋晴れの連休も今日で最終日を迎えたが、久々にのんびりと平日の昼番組などを家でごろごろしながら見られてささやかな至福の時間を過ごせてよかった。今週はまた木曜に祝日を控えているので、何だか嬉しい一週間である。きっと水曜日はパァーっと飲みに行く皆さんも多いことだろう。近頃飲みに行くことが一つのストレス発散となっている私としては、休日前の楽しみを思うと無条件にわくわくしてしまう。

日々の雑事に追われて曜日感覚がなくなってしまっている時でも、街中の仕事場を出るとすぐに人々の様子でふと「今日は花金かぁ」などと気づかされてしまう。人々がこぞってすすきのの歓楽街へ楽しそうに向かっている姿を見ていたらそれだけで私まで楽しくなるのだが、その反対方向へ向かう自分にちょっぴり寂しくなったりすることもある。しかし自分も楽しみな約束などがあるときは、行き交う人々のあのネクタイを緩めてノリよく仲間と絡んでいるような発散状態を横目に、心の中で「イエーイ」と自分もノリつつテンションをあげたりする。歳を重ね幾分飲みを楽しめるようになった昨今、やっぱりそんな人の集まりは大きな楽しみであり、気分転換であり、コミュニケーションの場である。

学生時代のお酒を覚えたてのころは、色々な失敗もあったものだ。大体マナーを知らないからそんな席での粗相は数知れない。しかし学生というのは皆どう考えても常識はずれな飲み方をしているものだから、そんなの知ったことではないかも知れない。酔っ払って暴れる人、泣く人、威張る人、絡む人、いろんな人を見ていて面白かった。「いやーまったく記憶がないんだよね」など涼しい顔で後日のたまう人もいたものだが、一度は言ってみたい台詞である。お酒に酔ったというエクスキューズでそんなに好き放題自分を解放して、さぞかし当人は気分がよかったことだろう、うらやましい。

さすがに社会人になってからの飲み会ではなかなかそんなべらぼうに自分をさらけ出す方にはお目にかかれない。昔は酔いの勢いを借りて、お気に入りの先輩の横の席を陣取ったりしたこともあったなぁ、若かった・・・と目を細めてしまうようではいかんいかん。しかし、そんなこんなで学生時代のてんやわんやな飲みを通して、もちろん今でも失敗はない訳ではないが、お酒に関する免疫をつけておいたことは今にも役に立っている。仕事上付き合いで飲むなんていうことも今まで多々あったが、自分の限度を把握していればうまく適量を飲みながら楽しめるものだ。

"乾杯"、"Cheers"、"カンベイ"、"チンチン"、"サリュー"etc・・・今までどれだけ楽しい乾杯があっただろうか。そこから始まるウキウキの時間!とばかりにあの瞬間はなんとも沸き立つ楽しみでいっぱいになる。特に何かを達成した後のそれは、何にも勝る格別なものである。

札幌ビアガーデンはもうとっくに終わってしまったが、これまた大通公園がひときわ楽しく賑やかになる札幌の風物詩である。先日行った際は、仕事帰りの方々から学生集団、外国人客まで、実に多くの方たちで賑わっていて相変わらず楽しい空気で満ち満ちていた。歌にあわせて皆ノリノリでする「乾杯」は、「とりあえず何もかも忘れて楽しもうや」という心からの開放感を与えてくれて爽快であった。見ず知らずの人とも「乾杯」、みんなで「乾杯」、とにかくビアガーデンはビールがつなぐ人との輪という訳の分からなさが好きである。

台湾へ出張で行ったときは、頂いた紹興酒で食事中何度も"干杯"(乾杯)をされてしまいびっくりした。しかし、とても美味しい料理と楽しい雰囲気ですっかり気分がよかった私はそれにすべて応えて実に何度も飲み干してしまったものだ。あちらでは、ホストがする干杯は文字通り「杯を干す」という意味なので、自分は意識せずに美味しく飲み干せてよかったなぁと後から思ってしまった。砂糖入りと梅入り紹興酒、何杯でもいける美味しさだったのが忘れられない。しかし何度も「干杯!」と円卓を時計回りに挨拶がてら促されてしまうのでさすがに私も「おぉ、まだくるのかい、いやいいんだけどさ」と内心少々驚いてしまった。食事が超おもてなし料理だったので、単に私はアルコールでお腹を満たしたくないという欲張りな発想だっただけなのだが。無論お酒から広がる付き合いというのは存在するものだ。

しかしきっとこれからもそんな楽しみは私に多くの思い出や教訓、経験をもたらすことだろう。まだまだこれに関してはもっと面白い話ができそうなので、また時機を見て書いてゆきたいと思っている。



                              


                                            September 16, 2004

                   
   ゆとりのある日々


日々何かに追われて過ごしていると、瞬く間に時間は過ぎてしまう。毎日の勤めの繰り返しのなかで、静かに自分と向き合うこともないまま過ごしてしまう時間がどれほど多いだろう。小さなころ24時間というサイクルをじっくりと時間の経過を感じながら過ごしていたことを思い出す。今となってはそんな時間はあっという間で一年というサイクルすらともすると早々と過ぎてしまっているので恐ろしいものだ。こんな風に人間いとも容易く歳を重ねていくものなのだろうか。少年易老学難成・・・少年老い易く学成り難し、と中学のころ学習した言葉をふと思い出してしまう。時間を意識して過ごしていないと、本当に自分が漫然と年老いてゆくのではないかという切迫感すら抱かせる言葉である。先人がそういい残していったのだから、間違いないだろう。

しかしこの世の中、皆が皆ゆとりをもって心の風通しをよく気持ちのいい毎日を過ごせている訳ではないようである。明るい話ではないのだが先日、日本は人口10万人あたりの自殺者のレートが旧ソ連、東欧諸国を除いた主要先進国の中では最も高く、世界10位であったというニュースを見た。何とも遺憾であり、信じがたい事実である。これだけ何もかも恵まれていると他国から認識されている日本でありながら、そのような影のひずみを大いに抱えているのである。しかし、世界中のその数たるや、殺人、戦死者を大きく上回る数だというのだから、なんとも居た堪れない気持ちになる。毎日ニュースで伝えられている事件などの死傷者の数の比ではないのである。

少々重い話になってしまったが、今回は日々隙間の時間を大切に心がけて過ごしている私の気分転換法を紹介してみようと思う。なんといっても、私にとって一番の楽しみそして気分転換は旅行である。海外から地元でのちょっとした遠出まで、日常を離れて自分を解放し、そして日々の自分を客観視することでかなりのリフレッシュになるものだ。どんな状況のときでも、その渦中にあるとき人間というものはあまり客観性を持って自分を見ることができないものである。だから煮詰ったらとりあえず、自分をその状況から離してみるのである。そうすると、大概のことは冷静に見られるし、嫌な事も忘れられる。だから私は海外などに目を向けるのである。

インターネットの海外のサイトでニュースをチェックするだけでも、何だか世の中いろいろ起こっているのだなぁとちょっと視点を変えることができるのである。今日は、水泳のイアン・ソープが「自分はゲイではない」とこれが最後とする発言をした、という面白い記事を見つけてしまった。彼はちょっとばかりおしゃれに気を使い、一般的なマッチョなオージーとは違った嗜好があるゆえ、ゲイの噂がささやかれ続けてきたのだという。が、過去にも否定したことがありながら、絶えない噂に辟易しているようである。「彼がゲイであれストレートであれ、シドニーのゲイコミュニティは彼に強い関心がある」・・・ほほう、噂には聞いていたが、何とも気になる記事である。

日常の中では、好きな音楽を編集したCDを聴きながら犬の散歩をしたりするのもひとつの気分転換である。犬と気の向くまま歩いていると、普段目にすることのない近所の意外な場面や場所に遭遇しておもしろい発見がある。そして英語や韓国語、中国語のインタビューのCDを聞き語学学習をしながらすることもある。CDを聴きながら、公園などで人気がないと歌いながら歩くこともある。歌うことはとてもストレスの発散になる。全くの自己満足で満足するのである。最近とってもお気に入りなのはBEYONCE(ビヨンセ)で、彼女の曲を情感こめて歌ってみたりする。'Dangerously in Love'は私の中で最近の十八番になっている。

それにしても、ビヨンセは本当にクールな女性だと思う。女性として何とも素敵だなぁと憧れてしまう。まったく生まれ持ったものが違うなぁと思い知ってしまう感じである。この間、留学時代にクラブで聴いたのを思い出し、また改めてデスティニィーズ・チャイルドのビヨンセを聴きたくなり、'SURVIVOR'をレンタルしてきた。これは「さまざまな逆境にも私は負けないわ!」というコンセプトで、多様な音楽性あふれる名曲満載なのだが、もっと早くに聴いておけばよかったと思ったほど実に良かった。「あぁ、もうなんて最高な女性なのかしら・・・私も何にも負けないわ・・・」と一気に元気になれてしまう。何より歌に溢れ出ている彼女の愛する人へのアフェクションに、自分までも酔いしれてしまえる感じが好きなのだ。彼女の歌いっぷりに感情移入してさめざめ涙を流してしまうこともある。そう、感情を発散することは大いなるストレス発散であるに違いない。

またあるときはDVDをレンタルしてきて一人その世界に没頭してしまう。韓国映画を中心に泣けそうなタイトルをセレクトである。私のお勧めは『猟奇的な彼女』、『ラブストーリー』、『シュリ』である。まったく韓国人はとても痛みに強い民族なのだろうか・・・?何だかマゾヒスティックなものを感じることもあるほど、ストーリーに悲劇が多すぎるのだ。逆境を耐えて耐え抜くことが美徳なのだろうか。何だかそれが根底にあるからなのか、韓国人はとても強くて優しいというイメージが私にはある。『冬ソナ』然りであるが、韓国作品は何とも胸をえぐられるような泣きを提供してくれるのだ。

実は最近発見したのだが、何だか気分がふさぐなぁというときは、イヤホンでノリノリの音楽を聴きながらナイトクラブにでも行ったときのように踊るとかなりいい気分になる。『ラブアクチュアリー』でヒュー・グラント扮するイギリス首相が恋心や仕事の鬱憤がたまったときに、人けがないのを知って踊りだすキュートなシーンがあるが、あんな感じである。日本じゃまったくクラブなどには行かないので、今となっては日ごろ踊ることなどないのだが、やっぱり踊ると不思議と気分が高揚して楽しくなってくるものだ。

そんなわけで、日々自分なりに工夫をしつつストレスをためないようできるだけ気持ちにゆとりをもって過ごしている。ゆとりをもって静かに自分と向き合えば、次の日からまたがんばるぞ〜と気合もふつふつと沸いてくるものである。皆さんも何か素敵な発散方法を知っていたらぜひ教えていただきたい。



                             

                                          September 09, 2004   

                     料理万歳っ!


何を隠そう、私は今料理教室に通っている。これは花嫁修業のひとつで・・・なんて言えたら可愛らしいだろうが、私が習い始めた動機はそんなものではなかった。もともと料理は嫌いでも苦手でもなかったのだが、今まで一人暮らしをしたことがないことや、料理の上手な姉妹に囲まれて育ったことで自然とそういうことを普段からしないタイプの人間になってしまっていた。

いやはやこのままではいかんなぁとは思っていた。一時は周りの人みんなに、「料理習いなよ」と半ば心配されて言われたこともある。確かに世の男性にはすこぶる評判が悪かったと思う。が、私は「結婚すれば誰だってするようになるんだって」と料理をしない自分を無意味に弁護する一方で通してきたのだ。それでも自分で好きな料理は作ったりしていた。トム・ヤム・クン、グリーンカレー、海苔巻き、肉じゃが、親子丼、グラタン、コロッケそしてガトーショコラ・・・。少ないながら自信作である。しかしやっぱり、冷蔵庫の残りものでちゃちゃっと作れるレベルが世の中求められるようである。

いつかやります、いつか・・・と先延ばしにしてきた私が、ある日思い立って通い始めることになったのは思いも寄らぬ偶然からだった。何のことはない、東京を訪れる機会があったときに行った占いで、占い師に提言されたのである。「あなた、料理習いなさい、そうしたら幸せになれますよ」そういわれて私は脳裏に稲妻が走ったかのようにすぐに決心をして料理教室を申し込んだのだった。今思うと、言われたことはとても当たり前のことだったような気がする。しかし、この占い師のおばあさんには何だか他に言われたことがとても当たっていて、とにかく説得力があったのだ。「ああ、これは絶対始めるわ、そうだったのね、そんな簡単なことだったのね!」喜び勇んで帰った私だった。

占いといえば、細木数子の番組であるアナウンサーが、「お風呂で水をかぶりなさい」といわれていたのを見て、そのアナウンサーと運命タイプがすべて同じだった私はやっぱり自分もかぶらなきゃ!と思ってしまったものだが、私は本当に占い好きで単純だなぁとおもう。占いで、「幸せになるために〜しなさい」といわれると、だまされたと思ってしてみようなどと思ってしまうのだ。

しかしやはり、料理ができることはかなり自分にとってもいいことだなぁと最近思う。この先一人暮らしなどすることになったりしても、料理ができれば豊かな食生活で生きてゆけるはずである。それに何より、おいしいものが作れたら、未来の旦那や家族はもちろん、知人や外国人の方などにも喜んでもらえるはずだ。

実際、留学時代はよくパーティがあり、みんなで各国の料理を持ち寄ったり、作ったりして楽しんだものだった。私もその当時は腕をふるって「これが日本料理です!」と、一生懸命限られた食材を使って得意料理を作ったものだった。やはり調味料など揃わなかったため、すこしばかり不完全な出来栄えの料理だったにもかかわらず、外国の方々は実に美味しい美味しい!と喜んで平らげてくれて、本当に私も嬉しかったのを覚えている。そういったものを通じて日本を感じてもらえたことがとても良かったと思う。私は常に自分をいろいろな面で成長させたいと思っているが、やはり五感を鍛えるという意味でも、味覚である料理はとても大事なものだろうと思う。

肝心の料理教室は、何だか女の園というかんじで、とても独特の雰囲気があって面白い。来ている方たちとグループになって分担しながら作るのだが、皆さんとてもなれていらっしゃるので結構焦る。今日は何度も材料を切る係りになりちょっとしたプレッシャーで楽しかった。人様の家庭話をうかがい知れるのも興味深い。不思議なのだが、結婚されている方たちは皆口をそろえて、「焦ることないよ〜」とか「独身時代が良かったと思うよ」と言う。「そんな幸せそうなあなたに言われても説得力ないわ・・・」と思いつつ、「内ではいろいろあるのかしらん?」などといろんな推測をしつつ、みんなでその後の試食タイムのひと時を楽しむであった。
写真は作ったてんぷら、天つゆ、ごはん、たこときゅうりの酢の物、秋涼である。



                             


                                            September 06, 2004

      
             さわやかな日曜日


9月も過ぎれば日々あっという間にすぎてゆくなぁと思う。秋めいてきた札幌では、時として夏の一日に戻ったかのような気まぐれを見せたかと思えば、瞬く間にぐずつき始め一気に秋へと逆戻りする。半そででまだまだいけそうだなという日もあれば、一気に長袖が必要なほどにひんやりの日もあったりする。

そんな中で運よくとっても素晴らしいのどかな天気に見舞われた日曜日、私はかねてから楽しみにしていた『リンケージアップフェスティバル』へと足を運んだのだった。これは毎年大通公園で、北海道の各市町村が名産物を各都市設けられたブースにて販売しながらその土地のPRをするとともに、それぞれのつながりや交流を深めようという趣旨のもと開かれているイベントである。

もともと小さいころから今に至るまで北海道各地をドライブして訪れて来たが、自然に恵まれた北海道には本当に各地さまざまな地物、名産品があるのはいつも実感していた。札幌から離れた地での新鮮な魚介類や果物など、やはりその土地で食べるものは格別なのだが、このように各市町村の名産品が一同に集まって一気に沢山見て回りながら試せるのもやはり特別な楽しみがあるものだ。

訪れていたお客様は家族連れやご年配の方々、そして観光客の方々などが多く、札幌在住であろう若者の数はそれと比べて少数派であった。実際ターゲット層はその辺りの方々だと思われるので、若い札幌市民の方々はもしかするとまだまだ知らない方も多いのかもしれない。しかし、覗いてみるとそれはそれは楽しいイベントなのである。特にご当地限定の名産品や食べ歩きが好きな方にはぜひお勧めである。

いつも美しくのどかで平和な雰囲気に覆われている大通公園が、いつにもまして人が賑やかに集い、楽しい空気で満ち溢れている。実はこのイベント、昨年ミスさっぽろとしてイベントに参加するまでまったく知らなかった。住んでいながら、知らぬままに過ごしてしまっている楽しみは多いものだ。そのとき仕事で参加したイベントでありながら、心ゆくままお客様とともにその空気を楽しんでしまった私は、来年絶対に来よう!と思ったものだった。そう思うと、一年とは恐ろしく短いものである。

人ごみの中を分け入り、各ブースをのぞくと店の方々が威勢の良い声でお客さんを呼び込んでいる。時に試食したり、試飲したり、そして語らい、焼きものの匂いに引かれたりと実に五感で天然の名産物を楽しめるのである。北海道では各国道の要所に道の駅というレストハウスがあるのだが、このイベントではまるでそういった場所を一気に一日で回って名産物だけ試してしまうようなとってもお得で楽しい気分を味わえるのであった。芝生にすわり、楽しそうに過ごす家族連れなど人々を見ているだけでも自分まで幸せな気分になってしまうのである。

公園で気の向くまま楽しい時間を過ごして、その後かねてから楽しみにしていた映画、『LOVERS』を見に行った。中国の独特な雰囲気にやはり魅了され、主役三人の演技にハラハラドキドキさせられ、中国語の響きにまた居心地よくさせられ、これまた期待を裏切らないいい映画だった。さわやかな幸せとドキドキの興奮を一気に味わうことができて、本当にいい日曜だったなぁと帰りに空を見上げて思ったのだった。



                             
                             

                                             30th August 2004

                    
札幌へようこそ!その2


昨日の続きを書こうと思う。次の日は昼で仕事が終わる日だったため、終わるや否や韓国からのお客様を迎えに車を走らせた。ここまでくると、結構自分のエスコートに酔ってしまいそうになる、というとおかしなナルシストのように聞こえてしまうのだが、今回の私はかなりにおあつらえサービス満載だったと思う。しかし、前回ソウルを訪問した際の彼はそれを上回るほどに私と一緒に行った友達をもてなしてくれたのだからやっぱり彼は素晴らしい人である。東洋のラテンといわれる韓国の男性はみなこんなに優しくたくましさあふれるのであろうかとつくづく感心したものであった。

話はもどり、私が彼を乗せてまず向かったのは、昨年一年間大変お世話になった市役所の観光協会であった。私が憧れるとっても多才で美人の先輩かつ元上司に今回は協力を仰ぎ、韓国語の観光パンフレットを沢山いただいたのだった。さすが先輩である、韓国語と日本語と同じパンフをたくさん集めてくれ、一緒に見ながら観光できるように配慮してくれたのだった。とっても便利であった。アジア方面からの観光客が右肩上がりにある札幌は、そのようなお客様をお迎えする準備万端なのである。

それから私は彼を札幌で一番お気に入りのスープカレー店へ連れて行きランチをすることにした。札幌といえば、いまやラーメンの次ほどに名物化しているスープカレーである。はて彼はどのような反応をするのか・・・?うーむ、こってりスープがやはり少々重たかったのだろうか、案外反応は普通より良いくらいであった。嗜好を考えて案内するのは難しいなぁ・・・と思いつつ、でも私が今まで旅行先で地元の人に案内してもらったときは、いつも美味しいものにばかりめぐり合わせてもらったなぁと申し訳なくなりつつで私なりに頑張ってみたのだが。まぁきっと新しいものを知ってもらうことに意義があるのだろう。

その後小樽へ向かったのである。運河(ウンハというらしい)で写真をとり、観光客に混じってラーメン博物館やら海岸やら、すし街道やら歩いてそれは新鮮で楽しかった。自分の故郷の近くにはこんなにも楽しめる場所があるのだなぁと改めて発見があったりもした。彼はどんな場でもしきりに、日本人はみんな丁寧で親切だ、とホスピタリティに感心していた。そしてどこも整備されていて清潔だといっていた。何であれ、好意的に見てもらえたのは嬉しかった。私も私で、札幌を好きになってもらえるようになぜだか一生懸命になっていた。旅行会社へのプロモーションでもしているかのように、あれやこれやと自慢したりしてみた。

別な日は、日本のトンカス(とんかつ)を試したいというので、とんかつ屋でランチをしたり、札幌駅付近を見て回ったり彼が見たいといった北海道大学のキャンパスを歩いたり、すすきのですき焼きアンドしゃぶしゃぶを試してもらったりと語らいながら過ごす時間は本当にあっという間に過ぎていったのだった。また別な日は羊ケ丘で北海道らしい風景を見てもらい、ジンギスカンを食べて、私もすっかり札幌を堪能してしまっていた。友達を呼んで、また違った空気のなかで札幌を見てもらおうとドライブに出かけたりもした。旭山公園からの夜景もいいねといってくれた。

彼から聞く韓国での習慣はいつも私に新しい発見を与えてくれる。韓国では男性や年長者がお勘定するのが普通だ、とかお店の入り口で案内を待つ習慣があちらにはない、とか過去の恋愛の話をするとやはり兵役の前後で変わってしまっていたことなど・・・。彼は同じ年なのだが、本当に人生興味深くもあった。まぁそうである、生まれも育ちも違った国なのである。しかし、顔を見ていても何も違和感がないだけに不思議でたまらない。

その時撮影したプリクラを見るたびに、「あー本当に札幌にいたんだなぁ」と今となっては感慨深く思ってしまう。写真を見てもやっぱり不思議なのだが、彼は楽しい思い出と、新たな発見を沢山わたしにもたらして帰っていった。何だか結果的に彼は札幌で楽しい思い出を作ってくれたのだろうかふと不安になったりもしたが、彼は着くなりすぐに元気なメールをくれた。「すごく楽しかった、また訪れたいと思う。本当に今回はありがとう!」マイプレジャーである。今回改めて韓国語の響きを思い出し、『猟奇的な彼女』のテーマソング『I believe』を聞きながらなんだかうっとりしてしまうのだった。



                            



                                              29th August 2004

                 札幌へようこそ!


早いもので札幌も秋に入り、日が沈むと一気に冷え込む今日この頃になった。気づけばオリンピックも閉会式を迎え、何とも嵐が過ぎ去った後のようなこのさわやかな秋の涼やかさはどこか切なげである。

そんな最中、先日私の大切な韓国人の友達がはるばるソウルから遊びに来てくれた。仕事の都合もあり、空港などへのお迎えができなかったため、ラブアクチュアリーのような空港での感動的な再会シーンはナシだった。しかし仕事後大急ぎで宿泊先へ迎えに行き、約9ヶ月ぶりの再会を硬い握手で果たした時はやはり感動であった。私にとって何だかありえないようなことで、とても不思議な感覚であった。こんな札幌の私の超日常の中に、夢のように楽しかった留学時代の友達がいる。そのちぐはぐ感が何とも例えがたい面白い経験である。走って駆けつけたのと再会の感激とで呼吸が整わないまま、私たちはアルタの喫茶店でお茶をすることになった。

とても感動である、彼を前にするといろんな思い出がよぎってくる。まずは札幌へのフライトはどうだったか、そしてこの9ヶ月の出来事、お互いの仕事のこと、そして彼を案内するために何かリクエストはないかどうか、というようなことをケーキセットを食べながら話した。韓国語のガイドブックはよくできていて、日本語がふられた案内はとても興味深かった。久々の英会話も何だか錆びている感が否めなく、何だかおかしくて二人でことあるごとに爆笑していた。私がここしばらくで学んだ韓国語を披露しようと一生懸命言ってみたりしたのだが、気心知れた彼は私のどんな挑戦にも意地悪っぽく笑ってバカにするので、ちょっとムッとしたりもした。しかし再会が久しぶりであるのと、また留学時代の楽しい思い出がプレイバックしたりするのとで、とにかく何を言っても楽しかった。

途中で寄った丸善ではどうしても見せたいと思った韓国特集コーナーへ連れて行ってあげた。「ア〜ヨンサマ、パキョンハ(パクヨンハ)、ア〜キョウルヨンガ〜」と感心していた。つまりは冬のソナタである。ア〜っていうのは、韓国人が納得したときによく出る返答である。〜というのがミソで、この韓国語の語尾によくある長音はなんとも可愛らしくてキュートなんである。しかし私もやっぱりヨンサマファンなのか?と聞かれ、私はチャンドンゴンが好きだな〜と答えるとまた「あ〜やっぱりナツヨはハンサムガイが好きだな〜」といわれてしまった。うーむそうだろうか、私はちなみにアン・ジョンファンもかなりに好きである。少しマニアックであるが、韓国ではウォンビンがダントツ人気で、ヨンサマは二番手なのだという。しかしやはり日本でのこのブレークアンドフィーバーぶりにはやはり韓国人にとっても驚きだそうだ。それにしても隣国の、似ているようでまったく異なるこの文化の違いは本当に面白い。留学以来韓国を含めアジア熱にかかってしまった私にとって、やはりこの国の文化はとても興味深いのである。

夕食は食べ飲み放題コースで日本の料理に対する反応をまずは推し量ろうと試みた。なんと。彼は油っぽいものがあまり好きではないようだった。そして「白飯はないのかなぁ」と言っていた。彼は普段いつも家族で夕飯を食べるのだそうだが、たいていキムチ山盛りを始め、何皿もの小皿に沢山のおかずが並び、それを米と食べるような食事なのだという。冬のソナタでサンヒョクが家族と暖かなだんらんの食事をとるシーンを思い出したのだが、あんなかんじなのだろうか。興味深いのだが、韓国では結婚前にひとり暮らしをするのは、男女でも少数なのだという。だから家族で食事をすることはごく普通のことなのだそうだ。

飲み放題のビールでカンベイ(乾杯)をしたときに、彼がグラスを持つ腕の反対の手をすっと添えそしてクイッと飲む際に体を横に向けた姿は懐かしかった。「いやー、ここは韓国じゃないからそんなふうにしなくても大丈夫だよ・・・」というと、「あーごめんごめん、習慣だからついね・・・」と笑っていた。でもこういう礼儀は日本と微妙に違うが、やはりより厳しい印象が強い。一歳でも上なら敬語必須の文化には感心である。日本では丁寧語すら使えない若者が増えているというのに。

そんなこんなで楽しい語らいの時間は矢のように過ぎていった。その後すすきの、大通を歩きながらちょっとした案内をしつつ、私は早く旅の疲れを取ってもらおうと早めに彼の宿泊先へ送ってあげた。スマートなエスコートである。帰りに歩きながらその後の案内先を、リクエストを考慮しつつ私なりに頑張って考えてみた。さて彼に楽しい時間を過ごしてもらえるだろうか。いやはや男性とはやっぱり大変なのだなぁと思いつつ、次の日からのわが街の観光の時間に胸を躍らせて家路についたのであった。


                     


             
                      21st August 2004
                過去との再会物語



過去のある時期をともに過ごした人と、ある期間を経て再会する・・・それはとても懐かしく、新鮮であり、そしてまた敵わない様な不思議な経験である。お互い間違いなく過去のままであるはずはないというのに、過去にあったはずのその存在をどこか求めてしまうような感覚。同時に年を重ねてつむいできたその人の時間をいろいろと想像し、感心しながら自分の過去と照らし合わせて感慨に浸ってしまうような感覚。自分が成人した以降で出会った人間関係とはまた別格なところにある遠い過去との再会という経験は、とても非日常で特別なわくわくがつまっている。

最近昔なつかしの旧友と再会して、文字通り時を忘れるようなタイムスリップする経験をした。私の中で小さい時のまま残っていた彼らは
確実に自分と同じ時間を生きてきて、同じ年齢の人間になっている。それは至極当たり前のことなのだが、再会したその人の人間像と過去の私の中にある像はなかなか結びついてくれない。空白が長すぎるのだろうか。何十時間もかかるような容量ファイルのダウンロードをスタートしてしまったような感覚。ダウンロードが終了しても、展開するのにまたさらに時間がかりそうである。そう、この飛び越えた時間を知るにはとにかく時間が必要って感じなのだ。しかしどんなデータが入っているのかと思うと展開するのはやっぱりワクワクしてしまう・・・

彼らの今までの歩みに耳を傾けるのはとても興味深かった。小学校や中学校の時代というのはまだ人格や人間像が固まっていない時期であるから、やっぱり現在の状態とは違ってとにかく未熟である。しかし根本にあるものは変わらなかったりするので、いろんな話に触れては感心したりがっかりしてみたりしつつ、時折見えるその昔のままの部分にほっとする。「あらら、変わらないねぇ・・・」心のなかで優越感のようなつぶやきが浮かんでしまうが、それはやっぱり今の年齢の自分が、昔の子供のままの相手を見て言っているようでもある。なかなか結びつかない。ダウンロード終了までまだまだ70%残っているかんじである。恐らく相手も同じような感覚を抱いていたのだろう・・・。過去とは面白い。一体この時間とはなんなのだろう。どんなに未来を積み重ねても、過去においてきたものは当然ながら何も変わっていないのだ。


それにしても、過去の自分を知っているというのもかなりくすぐったいながら面白いものだ。今でこそ知らぬふりをしてひた隠している過去をも彼らは知っていたりする。あぁ逃げられない、降参!てなかんじだ。近年知り合う人間にはまるで見られることのない幼きころの自分。そんなころを知り合えたなんてやっぱりそれも縁なんだろう。数ある人間関係のなかでもそんな空間を共有できる人たちはやっぱり貴重である。遠慮もないからズバズバっと言い合い腹のうちを明かせるのが爽快だった。

ところで、ある旧友と会ったときにずばり面白いことを言われた。占い好きの人間にとってズバリ言われるというのはかなり弱いものである。彼は私の将来の旦那像をずばりと教えてくれた。概ね「うーん確かにそんな感じかも」と納得できるものだったが、彼は「こういうこといっていいのかな」とちょっぴりもどかしい前置きをして「大体35歳くらいにぼってり太っているよその人は」と細木数子のような鋭さで指摘してくれた。あれま。彼の読みはとてもリアリティあって遠慮もないので聞き入ってしまった。そんな彼は霞ヶ関に勤務するエリート官僚である。霊感ではなくかなりに高度な数学知識でも使って私の人生計算分析でもしてくれたに違いない。あのマトリックスの解析画面みたいなイメージである。彼の話は本当にウィッティで面白くて大好きである。

ともあれ、こうして長い人生のなかで縁あって再会できたことは本当にいい体験だった。なによりそういう彼らが今とても輝いて人生ステップアップしている姿に刺激を受けたし、心から嬉しかった。私もまだまだ頑張るぞー!そんないい気分にさせてもらった貴重な時間であった。またこの次会うのがとても楽しみである。



                            

                                            17th August 2004

               
     さわやかな気持ち


お盆が過ぎ、外は一気に秋めいてきた札幌である。先日お墓参りに家族で行った帰りに見えた入道雲がそれを知らせているようで、何だかふと感慨深くなってしまった。

それにしてもお墓参りはとても気持ちのいいものだった。一年に一度、自分の祖先と再会できる貴重なチャンスであり、今自分が過ごしている家族と改めてだんらんの一時を過ごす。これはやはり日本の文化ならではなのだろうか、そうして過ごした時間は心からハッピーだし、楽しいと思った。今年もまた、ページでも紹介している千太朗と桃実も連れていったのでそれはそれは賑やかなドライブであった。敷地内では千太朗がいつものようにせわしなく歩き回ろうとするので、他人様の墓石にマーキングをしないかひやひやだった。まちがっても恐ろしい罰が下りそうである。しかし墓前でみな思い思いにご先祖様と対話し、その後お供物を食べて過ごしとてもさわやかな気分であった。

さて来年はどんなご報告ができるのであろうか、改めてしっかり頑張ろう!と自分に言い聞かせる。毎年こういう時に過去の自分を思い返してしまうものだ。一年前の夏、一昨年前の夏、そしてさらに前の夏。そうやって年を重ねた自分にまた感慨深くなり、戒めたくもなり、奮い立たせてみる。

話は変わって。今はオリンピックムード満開の時期のはずなのだが、アテネとの時差のせいなのかまったくリアルタイムでテレビに夢中になるという経験をまだ一度もしていない。愛国心の強い方に怒られてしまいそうである、今までの成績もすべてニュースで見ている有様である。シドニーのときはもっとかじりついて見ていたはずであるが、私の中で何か燃え上がっていない。一体これは何なのか?こんな自分は好きではないので、もっと日の丸JAPANを応援しようと心を奮い立たせているが何だかちょっと変である。あぁ、これは忙しさにかまけてテレビを見ないせいかもしれない。もっと心にゆとりを持たなければ、そうしたらきっと日常をもっとさわやかに過ごせるのかもしれない。そうだ、もっとこころにさわやかさを増やそう。さわやか倍増計画!うーん、よく分からないが、先日墓前で感じたさわやかな気持ちを忘れたくないと強く思う私であった。




                             

                                          11th August 2004
                       
過ぎ行く夏に想ふ


暑い暑いとわめいていた前回のDiaryだったが、その次の日あたりから急に札幌は穏やかな気温に落ち着き始めて一気に晩夏の様相である。ついこの間まで猛暑にかなりやられて、ばてにばて果てて過ごした時期が嘘のように今は涼しげで、アイスもさほど食べたくなくなってしまった。まとめ買いした‘すいかバー’が寂しげに冷凍庫に残っている。

毎年このお盆の時期にさしかかるころから不思議と過ぎ行く夏を実感し始め、意味もなく感傷的になってしまう。ヴィヴァルディの‘四季’の『夏』がBGMになってしまうかんじである。分かりにくいかもしれないが、なんだかいてもたってもいられなくさせられるようなメロディーである。「あ〜夏が過ぎ行く前にまだしておきたいことあるのに!」そうなのだ、こうやって北海道の夏はあっという間に過ぎ去ってしまうのだ。殺風景にすら見えた秋服を着させられたショーウィンドウのマネキンも、だんだんとしっくり見えてきはじめる。

ところで、この週末にかけては帰省ラッシュがピークを迎えると思われるのだが、一方でやはりこの時期海外などへ行く人は依然大勢いるようだ。なんでも今年は韓国、ヨーロッパ諸国が人気だという。韓国に関しては、今その文化、いわゆる‘韓流’がブームになっている最中だから納得である、しかも女性が多いのだそうだ。もともと韓国は女同士で気軽に行ける海外という雰囲気はあった。しかし最近では『冬ソナツアー』なる商品もあるくらいなので、また従来とは違った韓国を堪能できるに違いない。

話は戻り、この帰省の波に乗って札幌へ戻ってくる旧友と再会できるのは楽しみである。中には10年ぶりに会う友達もいるので、どんな時間を過ごすことになるのかわくわくしてしまう。びっくりする姿になっていたらどう反応しよう!?いったいこの空白の時間をどんな風に過ごしていたのか?おそらく話題は尽きないだろう。

そして、今最も首を長くして待っているのが今月末、留学時代の韓国人の友達がはるばるソウルから札幌へ遊びに来てくれることである。ソウルからは直行便があるとはいえ、わざわざこんな地方都市に遊びに来てもらえるなんてこの上なく光栄である。よって、今からどんなところへ連れて行ってあげようかと思案しているが、まがりなりにも観光親善大使を仰せつかっていた身としては通り一遍の観光案内はしたくないと思っている。せっかくだから、この際札幌をおおいにPRして、お隣の国韓国の人たちにも広く認知してもらいたいと思い奮起しているところである。思えば彼には昨年12月にソウルを訪れたときに大変お世話になった恩がある。これはサプライジング&スペシャルなコースを考えねば!彼女をエスコートしようと必死にデートコースを考える初々しい男児のようである。

そんなわけで残り少ない夏の終わり〜♪をどんな風に有意義に過ごそうかと思案する今日この頃であった。


                            


                                       9th August 2004

                 とある夏の一日
 

毎日暑い日が続いているが、皆さんいかがお過ごしだろうか?私はこの暑さに比例して、アイス消費量も上がっていて困っている。あの一瞬の冷涼感を求めてつい一本、あー耐えられんとまた一本。気づいたらどれだけ糖分摂取しちゃっているんだろう?ちなみに‘すいかバー’は私の一番のお気に入りである。せっかく新陳代謝いい時期なのにもったいない。それに、冷たいものというのは東洋医学ではあまり体によくないらしい。うーん、でもほんとに暑い。8月も中旬に差しかかっているというのに。

しかしこの季節、夏の短い北海道で生まれ育った私にとってはやはり趣深いものがある。どこかで花火の打ちあがる音、父がすいかを食しながらみるテレビの野球中継の音、どこかで血気盛んな若者が暴走しているバイクの音など・・・どれも私のこの熱気でほてった体をすーっと涼ませてくれる効果音である。また、北海道では大体の家でエアコンは取り付けないものだから、暑いとどこも窓を開けているものだ。そうすると、外を歩いているときにいろいろな家庭の音も偶然に聞こえてしまったりする。

だからどうってことではないが、夏はなんとも開放的でどこかルーズなかんじでそれもオッケーな雰囲気が不思議である。毎日天気もよいから気分も自然とハッピーであるし。うーむ、だからずべてよしとしよう!それでいいのだ。以上。



                         

                                           8th August 2004
                  
                
コンピュータ用語の海へようこそ!


「この構想はどんな風にしてゆこうかな・・・」。暇さえあればそんなことを考えてしまうようになった。こうやって自分の好きなように空間を作ってゆけるというのは、本当にくすぐられるような楽しさがある。毎年年末になると、翌年の手帳をどんな風にしようかなとか、リニューアルしちゃおうかなとか考えてわくわくするそれと似ている。こうやって自分の好きなように創作することはなんと楽しいことか。久しぶりに少女のようなウキウキを味わえたことをホームページに感謝してしまうほどだ。

うーむ、でもああしたいこうしたいとは思っても、私のコンピュータ知識がそれに追いつかない。大体ここにたどり着くまでにものすごい遠回りをしたという実感も強くある。「えーんどうしたらいいの!」と思ってもこの辺に強そうなひとは身近にいない。大体ここまで半端で手探りに来てしまったものだから、助けを求めようにもどう説明すべきかも分かりかねる。「あらこれは用語なのかしら?」と思って検索をかけてみると、ものすごいテクニカルなページにたどり着くばかりで解決にならない。やだー、いつもコンピュータ関連本コーナーは敬遠していたのに。

こういう世界は言わば得体の知れない深い海のようである。なんだかひとたび漕ぎ出そうものならその無限のような広さに飲み込まれてついには沈没してしまうそうな恐怖すらあるのだ。現に使っているソフトのソースというタブを開いてみたら、ちょこまかしたわけの分からない記号や文字の羅列にクラクラしてしまって速攻閉じてしまった。いや、飲み込まれるかと思った・・・本当に分からない。よってコンピュータに詳しい人間は、私の尊敬の対象である。この辺は勉強しても私の脳が受け付けそうにない、だから詳しい方、ぜひご指導ください。


                            


                                             6th August 2004
                         
                          
チョウム・・・


今日は初めての日記をここに記すことになる。これから日々何か新しいものを発見してそれを皆さんにお伝えしてゆけたらと思っている。チョウム・・・韓国語で‘初めて’という意味で『冬のソナタ』でも象徴的に登場したので気づいた方もいるだろうか。私の場合はドラマのように微笑ましいものではない‘初めて’なのだが。

何を隠そう、今回こうしてホームページ制作をしてみたのが初めてだったのだが、早速思った以上に苦戦している状態である。今までいろんなページを見てきたけれど、こうやって作り上げることがこんなにも手間のかかる作業だったなんて!と、びっくり&感動することしきりである。なんでもやってみないと分からないことは世の中たくさんあるものだ。しかし、実際少しづつ自分のすきなようにカストマイズされてゆくページを見ていたら、なんだかすでにわくわくしていている。ついには面白くなってきて、夜更かししてまでいろいろ試してみたりしている。「こんなにPC画面覗いて私ってばオタクっぽーい!」なんて笑っちゃうが、こうやっているとアドレナリンが出てきている気すらしてしまう。

新しいことを始めるときというのは得てしてこういうもので、始めは渋い顔をしてしまうくらい面倒なことでも気がつくとすんなりはまっていたりする。なんというかむしろ、初めに嫌だと思っていたことのほうが後で楽しかったりするがそれはただの心理現象なのだろうか。たとえば飲み会なんかでも、「今日は絶対つまんない!」なんて決め込んでいるときに限って、案外帰るころには楽しくなってたりするものだ。うーむ、人間とはなんと単純なものなの?今そんな意外性のある感動を軽く感じているのであった。

そんなわけで、多くの皆さんと楽しいことを共有していけたらいいなと思っていますので、これからもよろしくお願いします♪



                                     



2005年のDIARY

2006年のDIARY




2004年12月

2004年11月

2004年10月

2004年9月

2004年8月


To Home