Travel to Thailand Part U

Around Siam Square/ サイアムスクエア周辺

サイアムスクエアは若者が沢山集まるショッピング街である。そこで通りがかったラオス地方(タイ北部)のタイ料理屋に入ってみた。私がタイを好きな理由の一つである素晴らしいタイ料理の数々。やっぱり本場は違います!大好きなトムヤムクンが濃厚でスパイシーで酸っぱくて本当に「アローイ!!(美味しい)」なのである。フランスのオニオンスープ、中国のフカヒレスープに並ぶ、世界の三大スープに数えられるだけある。何とも絶妙な味わいで、私は留学以来その虜になってしまった。またその左から時計回りにソムタム(パパイヤサラダ)、シーフードと野菜炒め、野菜と揚げ玉の和え物、豚肉ソーセージの揚げ物(三品とも名前が分からない)である。そして北部独自のもち米と一緒に頂いたがどれも超絶品であり、忘れられない美味しさであった。
Around Siam Square/ サイアムスクエア周辺

若者向けの店が軒を連ねるサイアムスクエアのとある通りを歩いていたところ、タイならではの熱帯フルーツをふんだんに使ったデザート生ジュース屋さんを発見!早速マンゴーパールジュースを注文した。デザートジュースは大好きで旅先で必ず試してみるのであるが、こちらも予想を裏切らずとっても美味しかった!やはり甘めにできていたが、フルーツのそのままの濃厚な味に感激!まったくこの手のお店が日本で増えるのを期待するばかりだ。私がフランチャイズ契約してしまいたいくらいである。通りではタイのティーンエイジャーたちがおしゃべりしながら腕を組んだりして楽しそうに歩いていた。付近に名門チュラロンコーン大学があるので学生も多いようだった。いつも人通りが多く賑やかな場所である。
Around Siam Square/ サイアムスクエア周辺

通りをジュースを飲みながら散策。駐車場がぎゅぎゅうにいっぱいにとめられていた。歩きながらすれ違うタイ人の顔を見ていたらそれだけで面白い。タイ人は本当に日本人と通ずるいろんな顔の方がいるのだ。イケメンの方も美人な方も沢山いらっしゃった。それにしてもゲイの方が多いのも納得である、美しい男性が多い・・・。過去にムエタイ選手でミス・ゲイ・インターナショナルで優勝したタイ人がいたといい、彼はタイのヒーロー(ヒロイン)となったという。しかしせっかく海外旅行中であるのに、誰も私を珍しい目で見ない、売りつけられない・・・店員にタイ語で話しかけられるので、「日本人なんです・・・」と言うと、「あら、分からなかったわ〜あなたタイ人に見えるもの」と笑われてしまうのも一度や二度ではない。何はともあれマンゴータピオカジュース美味しいっ!
Dong Muan/ ドンムアン

ドンムアン空港があるドンムアン地区にあるレストランにて。友達の家族が経営しているとのことで訪れたのだが、観光客はまったくいなく地元の人で賑わっていた。そこではかわるがわる物売りやパフォーマンスをしたりして小金を求める人々がテーブルを回ってくるのだが、写真の小象が来たときは思わず嬉しくて写真を撮影!象の主から餌のバナナを買い手であげたら、長い鼻を巧みに使ってひょいと口に運んでいた。「パオーン」とまだ幼いいななきが本当に可愛い。象は本当に頭がよくて愛らしい。地元の子達ににも人気があるようで、子供たちも群がって餌を与えたり写真を撮ったりしていた。ふと昔習った『オツベルと象』を思い出した。「大丈夫かい?ちゃんと大事にされているかい?」勝手に心配したりしてしまう。象は何とも愛おしくなってしまう動物である。
Photographing at Thai Tokyu/ タイ東急にて写真撮影

タイの民族衣装を着、メイクをしてもらいカメラマンに撮影していただく。メイクしていただいた女性(男性!?)の方と記念撮影!頭にいくつもつけた飾りがズーンと重くふらふらしてしまった。しかし惜しみない金の装飾に一時でもゴージャス気分を味わえた。断っておくがこれは完全に自己満足の世界である。個人的に、鏡に映ったこの自分を見て何だか「冬のソナタ」ばりの悲しげな話を想像してしまった。私は地方の村で生まれ育った嫁入り前のタイ娘で、地元にとっても愛する象使いの男性がいたのだけれど、バンコク在住の貴族のおじいさまに見初められ3番目の嫁として嫁ぐことになった。私がこの格好で嫁入りの儀式をしているのを、悲しい表情で象使いの彼が私を見つめている・・・と適当な妄想はこのくらいにして。こうしてタイ人になりきって撮影をしていたらますますタイに愛着がわいてくる。アジアの女性は証明写真などにこういった専門写真家に撮影してもらった別人のように美しいポートレートを結構持っていたりするものだが、私も旅行先でこうして撮るのが好きである。中国でもこういったお店を何軒か見たが、女性としてこれはとても楽しいものだ。出来上がった写真を見ると、タイでの楽しい思い出がよみがえってきて嬉しくなる。
Scenery from Hotel/ ホテルより望む

宿泊したホテルよりサイアムスクエア周辺を望む。多くの高層ビルがひしめきあい、また建設中の高層ビルも多く見た。バンコクは地震がほとんどないために、象の形のビルなどもあった。活気と勢いみなぎるタイ経済、1997年外貨不足により引き起こされた通貨危機でそれまで好調に伸びを見せていた経済成長も幾ばくか打撃を受けたようである。しかし以後も高い自給率を誇ってきた第一次産業やめざましく発達を遂げている二次、三次産業によりいまなおアジア諸国でも高い成長を見ているのがタイ経済なのだよ、とタイ人の友達いわく。この友達はマスターで勉強しながら一流ホテルのITのスペシャリストとして働いている。まだまだ将来成長と変貌をとげるタイの将来を担う人材だろう。写真中央下にBTSが見える。周辺は高層ビルが立ち並び、ホテル、デパート、レストランがひしめき合っている繁華街である。このあたりは便がよく効率的に多く周ることができたので、宿を取るならお勧めである。
The Peninsula Bangkok/ ザ・ペニンシュラ・バンコク

ペニンシュラといえば香港の最高級ホテルとして有名だが、ここは1998年にチャオプラヤ川の川岸に誕生した39階建の高層ホテルである。ディナークルーズに参加するために訪れた。内装もタイ独自の清楚で上品なゴージャスさである。船内では、新鮮で美味なビュッフェスタイルのディナーに舌鼓を打ちながら、窓外をゆっくり流れ行く幻想的な河岸の景色を心行くまで楽しむことができる。夜は寺院がみなライトアップされているので夢幻のような美しい夜景を楽しむことができるのだ。闇夜にまばゆい光をたたえ河岸に浮かぶ寺院は本当に息を呑む美しさである。何ともロマンティックで夢心地にさせてくれる。船頭で穏やかな川風を感じながらバンコクに思いを馳せしばし目を瞑ってみる。静かにゆっくりと、船が川を渡ってゆくがごとくその時間が流れ行くのであった。
Bang Pain Palace/ バン・パイン宮殿

ガイドのPANさんの案内で、バンコクから約75キロ北にあるアユタヤへツアーへ出かけた。その南20キロの地点にあるバンパイン宮殿。その苑内にあったかわいらしい象形にトリミングされた木と。1632年にアユタヤ朝の26代プラサート・トン王の命により建てられ、以後歴代王の避暑の離宮として使われてきた。1767年の王朝崩壊後は約80年も放置され続けたが、ラマ4世が19世紀に入り再建し再び離宮としてまた迎賓館として使われるようになったという。美しく整備された庭園はアジアの手の込んだ見事な芸術で以って埋め尽くされていた。各王の建造物はそれぞれの趣向を反映したつくりを見せていて、中国式、ポルトガル式、ゴシック様式などタイ文化との融合を見せた独特のものであった。中でも、池の中央に浮かぶタイ式建築のラ・ティナン・パロワット・ピマンにはラマ5世の像が建っているのが印象的だった。そこで彼は人から一切離れて一人思索に没頭したいときに船でその建物まで渡ってそこへ通っていたのだという逸話がある。が、そんなことをしなくとも苑内の時間はゆるりと流れていくような静けさである。
Ayutthaya Japanese Old Town/ アユタヤ日本人町

アユタヤは1350年より417年もの間首都として、河川を利に欧州・アジア各国と活発に交易をし、多くの外国人居住者がある国際都市として繁栄していた。ここで日本と朱印船貿易が行われ、当時アユタヤには日本人が数千人いたと言われている。そんな中で有名な山田長政の像。彼は東インド会社などのオランダ人やイギリス人には要注意人物とされたほど、国王の信任を得て爵位をもらい影響力を持っていたと言う。しかし彼が王位継承を狙うクーデターに巻き込まれ毒殺されると、日本町も衰退の一途をたどることになったという。彼の人生はいまだ謎に包まれており、当時の日本の出国記録にも名前がないと言う。彼をモデルにした小説が多く著されているというから一度読んでみたいと思う。この熱帯の地で数奇な運命をたどったこの一日本人の人生に少なからず興味を持った。
Wat Yai Chaimongkon/ ワット・チャイモンコン

1357年初代ウートン王がスリランカ留学から戻った僧のために建てた寺院で、1592年には16代ナレスワン王がビルマ皇太子との象上の一騎打ちに勝利しこの寺院に戦勝記念塔を建立した。この本尊様は病などにご利益があるといい、下部にある小さな仏像に自分の悪い部分に金箔をはることでそれが得られるという。私も供花と金箔を奉納した。タイの仏像は皆金で覆われ、それは神々しいばかりである。とても温かみがあり包み込むような姿には本当に不思議と心穏やかにさせられる。これから寒い時期だからと皆金色の下衣を着せられているのである。奥の本堂へ足を運ぶと、さらに大きな本尊がある。PANさんに教わり、タイ式の参拝をする。正座をして手と頭を三回床につけて礼をする。壁には先ほどの一騎打ちの模様を描いた絵が飾られていた。
Wat Yai Chaimongkon/ ワット・チャイモンコン

この寺でもっとも大きな涅槃像である。この仏像もちゃんと下衣をかけられている。こんなのんびりとした仏像の姿は本当に心和まされる。タイのお坊さんの戒律は厳しく、食事は一日二回で昼までにとらなければいけないので、その後はく鉢(はくたつ)という鉢を持って寄進を受けた食事は野良犬たちに恵むのだと言う。タイ人男性のほとんどが一生に一度は出家すると言い、1週間から3ヶ月にわたる修行をするのだという。そしてタイ人は誰でも何かにつけ気軽に寺を訪れ祈りに行くという。仏教が生活に深く根付いているところは日本と少々趣が違うところかもしれない。
Ayutthaya Elephant Camp/ アユタヤエレファントキャンプ

アユタヤといえば観光客に人気がある象。後姿が本当に愛らしく失礼とは思いつつ思わず撮ってしまった。細長い尾をプランプランと振っているのが何だかさらに可愛らしい。象は牙がついているのがオスなのだという。いやあ初めて像に乗り直に触れたが本当に可愛らしかった。私は動物占いがゾウなのでさらに親近感が沸く。ゾウは元来森林伐採のための労働が仕事であったのだというが、伐採が禁止された今はこうして観光の仕事をしたり芸をしたりして過ごしているのだという。そしてゾウがもっとも好きな食べ物はサトウキビなのだそうだ。ああ、本当にかわいい、一頭欲しいくらいである。
Ayutthaya Elephant Camp/ アユタヤエレファントキャンプ

観光客が多く集まるキャンプで象に乗ってみた。象の名は『プッターン』。本当にのっしりのっしりとゆっくりでも確実に歩んでゆく姿は何だか涙を誘う。大きな体がたくましくもあり、はかなげである。おっとり温厚で可愛らしいゾウは皆飼いならされていて調教されて芸をするゾウもいた。いざゾウに乗ると、ユッサユッサと波打つように揺れる。結構な高さだから落ちたらどうしよう!?と不安になる。背中にちょうど足を置く形になっているのだが、とてもじゃないが足を置く気にならず、ゆれて危ないというのに足を外側によけて座っていた。あまりにゾウが愛おしかったので・・・。そして調教師が持っていた先の尖った鈍器を見て、ゾウを不憫に思ってしまいまた『オツベルと象』を思い出し色々心配になってしまった。何だか動物占いでゾウの自分がいじめられているみたいで嫌なのだ。どうかどうかゾウを可愛がって頂きたいと心から祈ってしまった。ゆっくりと景色を見られるポイントを歩きときに止まってくれる。川面に浮かぶ古の寺院が静かにたたずんでいるのが見える。
Ayutthaya Elephant Camp/ アユタヤエレファントキャンプ

本当に可愛い。調教師の言葉で鼻をパオーンとあげてくれる。まるで笑っているみたいである。ああ、本当に愛おしい。本当に賢い。文句なく可愛らしい。ほんとにたくましく、優しく、可愛らしいプッターン。こんなに大きな体なのに、小さな愛くるしい目がきょろきょろ動いてちゃんと見てくれているのにさらにノックアウトされてしまいそうである。この象に乗る観光の代金は象の飼育や保護に役立てられると聞いて安心した。「この体の大きく穏やかで力持ちの生き物をどうか皆さん大切にしてください」と心から願ってしまう。古来こちらの地方の人々は馬でなく像を足にして生活や戦に役立てていたというのだからある意味面白い。1351年にウートン朝によって王朝が開かれて以来、417年もの間王都となっていたアユタヤであるが、1767年ビルマ軍の侵攻により壊滅し栄華も終わりを告げた。周囲に点在する遺跡の数々は風雨にさらされながらその廃墟となった姿を今に残している。これらの寺院遺跡は1991年ユネスコの世界遺産に登録され保護されているのである。
Ayutthaya Elephant Camp/ アユタヤエレファントキャンプ

キャンプ内にいる象たちが音楽に合わせて次々に芸をして見せている。本当に賢い、こんな大きな体で逆立ちしたり踊ったりするのだ。頭もいいが、運動神経もいいのである。本当に何ともいえない愛おしさである。いつか象を飼ってみたい、一緒に生活してみたいなぁと本気で思ってしまうほど可愛い動物だと思った。調教師は子供からおじいさんまで色々な方がいて、子供がその訓練をしていたりする。過去には皇太子様と雅子様も乗りにいらっしゃり、ゾウにお乗りになったというこの場所であるが、常に日本人観光客が多く賑わっているようだった。あまりに象たちがかわいいのでまたいつかここは訪れたいと思った。
Wat Phra Mahathat/ ワット・プラ・マハタット

もともとは、13世紀にブッダの聖骨を埋葬するために建立された寺院にあったと言われる仏像の頭部。ビルマ軍の侵攻により仏像の頭部がすべて破壊される。というのも貴重な宝飾品などが仏像の首の内部などに埋められていたため、すべて破壊され盗掘されてしまったのだと言う。残された廃墟と頭部のない仏像の数々はただただ錆びれゆく物悲しい空気に包まれている。数々の戦死者で埋め尽くされていたという敷地にも、今は野良犬がのんびり横たわって夢を見ているだけである。PANさんいわく、夜になると人々がもだえ苦しむ声が聞こえてくるとかこないとか・・・。この仏頭も、木の根元に放置された後、神聖な木トンボの幹に飲み込まれていったということだ。しかしこの頭部、人間の腰の辺りの高さにあり、そこに上って写真を撮ったりと無礼な観光客が相次いだため、近年柵ができ、また警備人が置かれた。ここは元来神聖な場所であるから、静粛な心で拝観しなければならない。「仏頭より高い位置にたってはいけない」という注意書きがあるのだ。
Wat Phra Si Sanphet/ ワット・プラ・シー・サンペット

ウートン王がアユタヤ王国を建国した際の王宮がここにあり、火災により消失したため現在の王宮跡に移動したという。代わって建てられた王室の守護寺院。しかし1492年のビルマ軍の侵攻によりことごとく破壊されてしまったため、現在では風化したチェディ(仏塔)が三基残っているのみである。ビルマ軍の破壊の凄まじさがうかがえる。そしてアユタヤ歴代の王は今もこの塔の中に眠っているのである。何も知らない木々や植物が一面に青々と生い茂っていた。壮絶な過去の歴史をすべて覆い尽くすかのように。兵どもが夢の跡である。付近にあるヴィハーン・プラ・モンコン・ボピットという巨大な三角屋根の寺院にはやはり多くの人々が集まり祈りを捧げていた。
Royal Grand Palace/ 王宮

アユタヤから船でバンコクまで帰る。チャオプラヤ川の流れにのってゆったり行き交う船もまたのんびりであった。バンコクに近づいてから河岸に見えた王宮である。船内でビュッフェ形式の昼食をとりながらまた景色を堪能する。ガイドのPANさんにタイのことを沢山聞けて面白かった。タイはまだまだ男尊社会で家庭の財布も男性が握っているのだという。しかし結婚前はすべて男性がお会計をして、かいがいしく尽くすというのだ。バンコクなど都会では変わりつつあるというが、やはりアジア文化だなと納得。また一般的に結婚が皆早いので離婚も多いのだとか。興味深い。しかし一般的にタイ人女性はとても奥ゆかしく可愛らしい方が多いと思った。男性は幸せね〜と思ったが、ゲイが多く育つのはなぜなのだろう?まああれほど美しければ仕方がないのだろうか。
Wat Arun/ ワット・アルン(暁の寺)

チャオプラヤ川を下ってバンコクへ到着である。三島由紀夫の小説の舞台となった「暁の寺」が遠くに見える。のんびりゆったりのボートクルーズもおしまいである。タイは東南アジア諸国で唯一植民地化を経験することなく、その強固な王国文化を保ってきた歴史を持つ。今回古の王都であるアユタヤを見られて、その深い文化と繁栄の一端を垣間見ることができてよかった。タイの違った側面を見ることができてますますタイに対する愛着を深めてしまった。この日の夜、またタイ人の友達と合流して旅行中最後のタイ料理を頂いた後、若者が集うナイトクラブへ連れて行ってもらった。若い男女が大勢つめかけ何ともノリノリで楽しそうであった。途中からタイの人気バンドの演奏が始まると皆大合唱していた。女の子は皆超スリムで黒いストレートの長い髪が流行のようである。男性はさまざまであるが、日本の若者と変わらない印象である。皆さわやかに騒いで楽しみ、12時を回ると一気にライトアップされ皆家路へと向かうとても健全な空間であった。私も友達やその友達と飲みながら会話し時間を楽しんだ。次の日早朝の便で経つため時間がたつのが何とも惜しい夜だった。沢山の思い出をありがとう・・・とホテルで夜遅くまで次の日の準備とパッキングに追われるのだった。